医師が「死」の選択肢提示 透析中止、患者死亡 東京の公立病院 (毎日新聞デジタル 2019年3月7日)
東京都福生市と羽村市、瑞穂町で構成される福生病院組合が運営する「公立福生病院」(松山 健院長)で昨年8月に外科医(50)が都内の腎臓病患者の女性(当時44歳)に対して人工透析治療をやめる選択肢を示し、透析治療中止を選んだ女性が1週間後に死亡したことが、毎日新聞の取材で判明した。病院によると、他に30歳代と55歳の男性患者が治療を中止し、55歳の男性の死亡が確認された。患者の状態が極めて不良の時などに限って治療中止を容認する、日本透析医学会のガイドラインから逸脱し、病院を監督する都は6日、医療法に基づき立ち入り検査を行った。
悲痛 女性が夫に送った最後のメール (毎日新聞3月14日)
「とうたすかかか」。スマートフォンに残されたメールの平仮名7文字は、助けを求める最後のSOSだったのか。公立福生病院(東京都福生市)で明るみに出た「死」の選択肢の提示。亡くなった腎臓病患者の女性(当時44歳)の夫(51)が毎日新聞の取材に胸中を明かした。
「透析治療の中止は『死ね』と言っているようなものだ」と夫は言う。治療を再開しなかった外科医に対する不信感は消えない。「医者は人の命を救う存在だ。『治療が嫌だ』と(女性)本人が言っても、本当にそうなのか何回も確認すべきだと思う。意思確認書に一度サインしても、本人が『撤回したい』と言ったのだから、認めてほしかった」
透析差し控えに関するガイドライン(日本透析医学会)
わが国の新規透析導入患者の平均年齢は、約70歳になっている。透析に至った原因の多くは糖尿病性腎症で、多くの患者は心血管疾患などの重篤な合併症を有している。がん患者への導入も増え、さらに一日中就床している透析患者が5%以上も存在する。つまり透析医療は社会復帰を目指す救命治療から延命治療へとその性格を変えてきている。このような状況からも終末期における透析医療のあり方を示す必要があるのでは?という声が高まり、日本透析医学会はガイドラインを作成した(透析会誌47( 5 ):269~285,2014)。この中では患者の尊厳を守るために透析の差し控えは考慮されうるとしている。透析の差し控えの決定に際しては、十分な情報を提供し、患者の意思決定を支援また充分に尊重し、差し控えの決定はチームで行うことが述べられている。その際には意思決定プロセスが適切であることが求められ、透析は再開あるいは開始されることも可能であることが述べられている(図)。
公立福生病院の問題はなぜ起こったのであろうか?
チームでの意思統一はあったのか?
このような問題が明らかになるきっかけは、多くは内部からの情報によります。つまり、関係者の間での合意がない、あるいは不十分であることが往々にして見られるのです。もちろんそこには様々な人間関係が存在するため、合意したとしてもそれを受け入れられないチームメンバーもいるかもしれません。重要なのは医師一人で決定したのではなく、患者、家族を含む多職種で話し合うプロセスが充分にあったかどうかです。透析の現場には医師が一人しかいない施設も多く、医師の意見が絶対という場合も考えられますので、そのような場合には提言に示されるようにセカンドオピニオンを求めたり、他施設からの助言を求めることが必要となります。少なくとも医療チームと患者家族の合意形成があることが必須です。今回の場合、今まで透析を行っていた施設の医師が、話し合いの場に参加していたかどうかも気に掛かります。同じ組織に属する医療者は統一した見解を持つことが多く、必ずしも患者さん側からの意見とはならないことがあります。患者さんの年齢が40歳代ということで、どのような疾患の背景があって透析の差し控えの選択肢を示したかが、とても重要になります。通常の透析が行われていたならば若い方の長期予後は良く、差し控えを選択肢として提示することはあまり無いからです。
情報提供の方法は適切であったか?
厚生労働省は人生の最終段階における意思決定の中で適切な情報提供がなされることが初めにあることを示しています。どのような意思決定であろうと、それに至る前提が間違っていては正しい決定は下されないと考えられるからです。実際に、患者さんは治療法選択の後にどのような日常が待っているかを知らされていないことが極めて多いのです。岡山県でがん拠点病院の1650人の患者さんにとったアンケートによると、病気と治療法については大変丁寧に説明を受けているものの、治療後どのようになるかの説明を受けた患者さんは一人もいませんでした。この場合も透析差し控えで溢水による呼吸困難が出ることは必至でしたでしょうから、この苦しさはなかなかコントロールすることが難しいかもしれません。その時には透析再開をオプションとして加えることは通常の行為であると考えられます。
今回は透析についての治療法は適切に説明されているようです。患者さんは40代と若いことから、合併症の危険性はあるものの、腎移植の選択肢が提示されているかどうかが気になります。透析の技術が進歩したからか、透析が必要なくなると経営的に困るからか、ドナーの確保が難しいからか、日本の透析施設では腎移植はあまり推奨されない傾向があります。その結果、日本の腎移植件数は世界的に見ても少ないのです。腎移植ができれば、シャントも透析もいらなくなりQOLも高いのです。免疫抑制剤を服み続ける必要がありますが、免疫抑制法は進歩しており以前のような副作用は少なくなっています。
意思はゆれるもの、あるようでなく、ないようであるもの。
医療者は、患者が意思を表明した時にそれをそのまま記述しただけでは、患者の意思の確認という意味では充分でないことを理解しておく必要があります。少し考えてみて下さい。患者が強制されずに表明した自由意思は、本当に患者の意思を表しているのでしょうか?実はそうでない場合が極めて多いのです。(これについてはオピニオンズ 「人間は合理的に不合理な意思決定をする」、「私の意思は私のものか?柔らかく私を支配する「ナッジ」 を参照して下さい。)私たちが意思を表明したとして、その表明した意思は、私たちの周りの様々な環境に極めて大きな影響を受けていることが明らかになっています。つまり知らず知らずの内に私たちは意思を周囲に操作されているのです。例えば今回の場合でも、差し控えを推奨していると知られている病院で意思を表明するということは、差し控えをする方にバイアスがかかっていると考えられます。他の病院で同じことを聞かれた場合には、ひょっとすると違う意思表示を行ったかもしれません。あるいは周囲の家族が確たる信念を持っていた場合、その家族の居るところで表明された意思は、きっとその家族の意見に影響を受けた決定をしがちだと考えられます。
このように意思というのは揺れ動くものなのだと知っておくことが重要です。だから、時間をおいて何回も聞いて確認しなくてはなりません。場所と人を変えて聞くことも必要です。今回は2回続けて意思の確認を行っているようですので、この点からは適切なプロセスを踏んでいると考えられます。
それでは一度同意書に署名した場合、それはどの時点まで有効なのでしょうか?通常は同意をもらう際に、同意撤回書を患者さんに提供していつでも同意を撤回することができることを説明します。透析の差し控えについても一旦同意し、同意書に署名をしたとしても、後になってそれを撤回し透析を再開、あるいは開始ができることをしっかりと説明しなくてはならないのです。今回の件は、その辺りが問題になっているのかもしれません。しかし、仮に患者さんが透析を差し控えるのは、思ったより苦痛が大きく、これだったら透析を再開してほしいと言ったとしても、それをそのまま受け取るのは間違っているかもしれません。それは「透析をしたい」という希望ではなく、「苦痛を取り除いてほしい」という願いが「透析をして欲しい」という言葉になったのかもしれません。透析よりも、苦痛を適切に取る処置の方が、患者さんの希望に沿う治療かもしれないのです。このように一旦言葉となって表現された意思は、言葉として一人歩きを始めます。ましてその意思が、通り一遍の同意書へのサインで示されるとしたら、その意思は画一的になってしまいます。しかしその奥には様々な意味が含まれていることを忘れてはいけません。
患者さんは幸せだったのか?
今回の一連の報道で残念なのは、患者さんが幸せであったかどうかがあまり論議されていないことです。医療は患者さん、家族を幸せにするためにあります。患者さんと家族にとって大切なのは、尊厳を持って死を迎えることができたかどうかであります。安寧のうちに死を迎える、そのためには症状を適切にコントロールすることが極めて重要になります。患者さんには透析の差し控えで死を迎えることは分かっていても、それが苦痛を伴うものであることは分かっていないかもしれません。末期腎不全で透析を行わず浮腫を伴い心不全となる場合と、カリウムが高値となって心停止を来たす場合では苦痛の大きさとそれが続く時間が全く異なります。心不全は大気中で溺れる状態だと言われるくらい呼吸困難が強いのです。もし極めて苦痛が大きいとしたなら、それを受け入れることは患者さんにも家族にも難しいと考えられます。透析医学会の提言の最後には、適切な緩和ケアを提供し、患者さんの全人的苦痛を和らげなければならないという項があります。言い換えれば、適切な緩和ケアによる症状コントロールのない場合には、患者さんは苦悶のうちに死を迎えることとなります。今回、適切な症状コントロールがなされていれば、「こんなに苦しいのだったらもう一度透析をしてもらおうかしら」という言葉はそもそも無かったかもしれません。それほど症状コントロールというのは患者さんの尊厳を保ち、意思決定を支援するうえで重要なのです。しかしながら症状の緩和という点が提言においても、あまり重きを置いていないように見えるのは残念なことです。
東京新聞の報道によれば、同日午前の落ち着いた状態で、透析の再開を望んでいるのか、それとも痛みの軽減を望んでいるのかを聞くと「苦しいのが取れればいい」と答えたとのことです。鎮静剤を増し、別の病気で入院していた夫と息子二人が見守る中、落ち着いた状態で同日午後五時十一分に亡くなったとの報道があります。この報道からは患者も家族も充分に尊厳と意思を尊重されたケアを受けたという印象があります。
ところが毎日新聞の報道では、夫は他病院に入院中に妻の死を知ったとのことです。穏やかに家族に見守られながら亡くなったという東京新聞の報道とは少し違いますね。できれば東京新聞が正しいことを願いますが、どちらが正しいかは今後明らかになるでしょう。患者さんの死は家族のものでもあるわけで、医療者はその点にも配慮する必要があると思います。
医療行為の差し控えは罰せられるべきか?
行うべきことを行わないで、それが致命的な結果をもたらす場合には、不作為として罰せられることがあります。さらに不作為の結果を充分承知しながら行わないのは過失ではなく未必の故意として罰せられます。それでは患者の意思を充分確認したうえでの透析の差し控えは罰せられるべきでしょうか?
日本透析学会では透析の差し控えは医療としての一つの選択肢であるとしています。医療が患者さんの幸せをもたらすために有るとすれば、透析を行うことで患者さんが不幸になり、透析を差し控えることで患者さんが幸せになるならば、透析をしないことが医療の本質です。今回も主治医は頸部からの外シャントで透析を続ける選択肢を示したとのことです。透析を続けることの方が、差し控えることよりはるかに容易であったはずです。患者さんの希望を入れて差し控えたことには、医師としての見識があったのではないでしょうか。
充分な時間をかけて意思決定を行った患者さんの意思は尊重されるべきで、そのためには充分な症状コントロールを行う緩和ケアの提供が、極めて重要になると考えます。
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