飲まず食わず(自発的飲食中止)という選択、VSEDをご存知ですか?

前回(Opinionsで9月24日配信記事)は有馬斉氏による安楽死の分類と、我が国の現状についてお伝えしました。また我が国においては、医師の致死的薬剤の処方による積極的安楽死は、法的に支持されていないということもお話ししました。諸外国では医師による致死的薬剤処方による安楽死が認められている国もありますが、もちろんこれらの国においても厳格な適応が求められています。

 

積極的な安楽死が認められるためには複数の医師による病状の診断、患者さんの意思確認、判断能力の確認など様々なハードルがあります。積極的安楽死を実現するためには、単に患者さんの状況のみならず、診断を求められる医師との人間関係や、そもそも処方してくれる医師を探さなければならない等の困難があると言われています。このような中で、法的にも人間関係にも影響が少ない安楽死の方法として近年増えてきているのが自発的飲食中止、voluntary stopping of eating and drinking (VSED)、です。簡単に言えば病気が進行して苦痛が大きくなった時に何も口にしないことで死を迎えるということです。

 

日本では旧来お盆の時期に、施餓鬼と言われる法会があります。

生前の悪行によって餓鬼道に堕ちた餓鬼は、食べ物を口に入れるとそれが火になり、飢えと渇きにもがき苦しみます。餓鬼が生まれた背景には、古来より飢えと渇きが、人間にとって恐ろしく忌むべき苦痛として捉えられていたからに他なりません。仮に若くて元気な人が食事も摂れず水も飲めないという状態になるとしたら、それは極めて耐え難い苦痛に繋がると考えられます。しかし、高齢でしかも治癒できない病があり、体力が衰えてきている状態であればどうでしょうか?そもそも食べたいという欲求が衰えてくるのが通常です。

田中らは、高齢者において悪液質が並存している場合には、食事摂取を行なっていても体重減少が起こり、その後に食事摂取量が減少し、体重減少から約6ヶ月で死に至る過程をとることが多いと報告しています1)。少なくとも死が近づいた時には食べられなくなることは一般的な現象で、時として食べる行為が苦痛に感じることもあります。生物学的には食べない、飲まないというのは死が近い時には自然なことなのです。

 

オランダにおけるVSEDを選択した97人の調査があります。そのうち80%が60歳以上で、40%ががんの末期、32%ががん以外の病気、28%が老いに伴う症状を持っていました。死亡までの時間は70%が15日以内、20%が16-30日でした。大体2週間くらいでお亡くなりになる人が多いのです。16日以上かかったのは水分摂取を徐々に減らした方々でした。尊厳のある死であったかどうかという周囲の評価は75%が「はい」、17%が「いいえ」、8%が「わからない」でした。コントロールがないので正確ではありませんが、VSEDを行ったほとんどの例では尊厳のある死を迎えることができ、本人の希望に沿った安らかな最期を迎えられたと言ってよいようです。個々の症例で見ると、安寧な死を迎えるためには、適切な口腔ケアを続けること、緩和ケアによる症状コントロールを行うことが重要であると述べられています2)。

わたし自身はVSEDという言葉自体には違和感を覚えます。はたして飲まない、食べないという意思を周りに向かって宣言する必要が有るのでしょうか?

オランダでの調査の「VSEDを選択した」という言葉からすると、調査された多くの方が死を迎えるためのVSEDを宣言したのだろうと思います。少なくとも周囲は、その人が死を迎える目的のために食べること、飲むことを拒否していると理解しているのです。宣言することによって、周囲には様々な波風を立てただろうと容易に想像できます。もし、自分で飲食を断つことで死を迎えてもいいと判断したのであれば、周りに何も言わずに実行することも可能なのではないでしょうか。

わたしのように食いしん坊で心が弱ければ、ひょっとして途中で「少し食べてみてもいいかな」と思うかもしれません。「少し氷でも舐めさせてほしいな、アイスクリームでもいいかな」と思うかもしれません。その時はそうしてもよいと思います。途中でやっぱりやめようかなと思い直して飲食を再開してもいいと思います。そうしていても次第に飲水の量が減少すれば本来の目的は達成することができるでしょう。宣言してしまうとなかなか後には引けないのではないでしょうか。誰にも知られず自分の意思で飲食を減らしていく、それは古来からあった平穏な死への作法かもしれません。

 

そういう意味で言えば、ことさらこの行為に名前(VSED)をつける必要はないのかもしれません。意味があるとすれば、終末期に何も口にしなければ、2週間くらいで平穏な死を迎えられることを、一般の人々にお知らせすることができることでしょうか。

 

その時にも、口腔ケアや痛みなどの症状コントロールの適切な緩和ケアを受けることが必要であることを強調しておきたいと思います。

 

1) 田中紀章「食べていても痩せる高齢者終末期のカヘキシア(悪液質)」https://web-opinions.jp/posts/detail/28  2016,6,30  
2) Boudewijn Chabot, Christian Walther, Ausweg am Lebensende,Munchen Basel, Ernst Reinhardt Verlag, 2010, S 53-56.

岡山大学大学院ヘルスシステム統合科学研究科教授松岡 順治
岡山大学大学院医学研究科卒業 米国留学を経て消化器外科、乳腺内分泌外科を専攻。2009年岡山大学大学院医歯薬学総合研究科、緩和医療学講座教授、第17回日本緩和医療学会学術大会長。現在岡山大学病院緩和支持医療科診療科長、岡山大学大学院保健学研究科教授 緩和医療、高齢者医療、介護、がん治療の分野で研究、臨床、教育を行っている。緩和医療を岡山県に広める野の花プロジェクトを主宰している。
岡山大学大学院医学研究科卒業 米国留学を経て消化器外科、乳腺内分泌外科を専攻。2009年岡山大学大学院医歯薬学総合研究科、緩和医療学講座教授、第17回日本緩和医療学会学術大会長。現在岡山大学病院緩和支持医療科診療科長、岡山大学大学院保健学研究科教授 緩和医療、高齢者医療、介護、がん治療の分野で研究、臨床、教育を行っている。緩和医療を岡山県に広める野の花プロジェクトを主宰している。
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