介護保険や医療保険では、貧富にかかわらず保険によって9割が給付(自己負担は1割)あるいは、7割が給付(自己負担は3割)される。この様な社会保障の方式は、「普遍主義」といわれている。「普遍主義」は、義務教育や、最近では高等学校の授業料にも適応されている(この場合も裕福な人も貧しい人も同様に無償である)。反対に、生活保護は、だれでも給付を受けられるわけではなく、資産や毎月の給与を綿密に調査され、一定の規準以下の人に対してのみ給付される。この様なやり方を「選別主義」と呼んでいる。一見すると、「選別主義」は合理的なように見える。つまり、生活に困っている人にのみ給付を行い、困っていない人は対象外とするので、お金が効率的に使われるように見えるからである。しかし、問題はどこに線を引くのかであり、境界線を高くすると(貧困ラインを引き上げると)、困っていない人も対象となるので「もらいすぎ」との非難を受け、逆に低くすると(貧困ラインを引き下げると)困っている人の一部が排除されることになる。その上、「選別主義」に付きまとうのは、不正受給が避けられないことにある。誰しも給付は受けたいので、自分の資産や給料を低く見せたい誘惑に駆られ、常に一定の割合で起こる現象である。この様な不正受給を避けるために、多額の費用が発生することも「選別主義」の欠点である。
これに対して、「普遍主義」では選別する必要もなく、不正受給も有り得ない。多くの人が歓迎する方法なのではあるが、唯一の欠点は、膨大な費用がかかることである。制度の出発点では、さほどの費用を要しなくても、制度が普及すると同時に、多くの人がそのサービスを利用するので、瞬く間に、想定以上の費用が必要になるのだ。
税の世界では、「選別主義」が普通に使われている。所得の金額によって、あるいは、所帯の形態によって、非課税、軽減税率、累進課税があり、いわゆる再分配機能の中心である。
これに対して、社会保険方式を取っている、年金、医療保険、介護保険などは、原則的に「普遍主義」的方式を取っている。社会保険自体が、拠出に応じた給付を受けることが前提のためである。
介護保険は一般の公的保険制度と同じように「普遍主義」の代表格として誕生した。それまでの介護サービスは、一定の所得によって、給付される金額が異なったり(自己負担額がお金持ちと貧しい人では大幅に違ったり)、お金持ちには元々サービスが提供されない状態であった。介護保険制度によって、「選別主義」的な制度から、「普遍主義」的制度に変わって、多くの人が恩恵を受けたことは確かである。その代償として、現在介護保険費用が大幅に上昇している。2014年度には10兆円を超え、2017年には、10.8兆円に及んでいる。それ以降も大幅に費用が膨らんでいる。この様な状態から介護保険は拠出と給付の両面で「普遍主義」的原則を変化させ、「選別主義」的な制度へと移行しつつある。特に、給付では一定以上の所得のある所帯に対して、普遍的な1割給付から2割、3割と、一部負担を増加させている(保険料の徴収では、制度発足当初から低所得所帯に対する軽減措置―選別主義的方策があった)。
日本の財政が危機的な状況にある以上、社会保障費用の抑制は必要であり、介護保険も「普遍主義」的考え方から、「選別主義」的考えに移行する必要があることは確かだ。今後この様な傾向は、次第に強くなるだろうと考えられる。それは拠出と給付について、対象者と、金額の選別である。しかし、この様な政策を行う場合、基本的な概念を提示しなければ、介護保険が将来どの様な方向に向かうのか分からず、ただ目先の対策にのみ焦点が集まることになる。将来進むであろう方向性を示し、理解を得つつ、政策を進める必要(説明責任)があるのだ。
ただし、この様な議論(普遍主義⇒選別主義)にもかかわらず、北欧諸国においては、高負担を前提とした普遍主義的社会保障政策が成功していることも、念頭に置く必要がある。現状にほぼ満足している多くの人が選択するのは、普遍主義的政策だからである。
普遍主義から選別主義へと移行する場合、最大の障害となるのは、貧困層や富裕者層ではない。経済学者ガルブレイスが言う“満足の文化の恩恵を受けている人たち”、所得でいえば中間層なのである。中間層は貧困層に比べ、介護保険の増加部分を支払えないわけではないが、反対は最も強い。多くの国で現在ポピュリズムの主体となっているのは、貧困層よりも中間層が多いのだ。この層の人たちは、現在のほぼ満足した生活を維持したいので、負担増には強い抵抗を示すであろう。選挙においても結果を左右するのは、これら中間層の人たちなのである。
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