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人間は合理的に不合理な意思決定をする

 私たちの一生は決断の連続です。私たちはどのように意思決定を行っているのでしょうか?誰にも指示されることなく、また強制もされずに自分の意思を表明できるとしたら、その意思決定は合理的で、誰であろうが自分の意思に基づいたものであることを、疑う余地はないように思えます。

 しかしながら、そうでもないというのが近年の研究の結果から明らかにされました。私たちの意思はさまざまな外部の環境によって影響を受け、さらにそのことを私たちは全く意識していないのです。私たちの意思決定は、直感的で感情に根差す「速い思考」と合理的で努力を要する「遅い思考」の相互作用の結果です。自分では合理的な意思決定を行っていると誰もが信じて疑いませんが、人は錯覚に陥りやすく、不合理な決定をしていることが多いのです。
ここに少しご紹介しましょう。

 

フレーミング効果

 

例えば私たち(医療者)が患者さんに手術の話をします。同じデータですが、異なる2通りの方法でお話をするとします。手術を受けようという気になるのはどちらでしょうか?

 

1) この手術の成功率は80%です。
2) この手術の死亡率は20%です。

 

皆さんはどちらを選びますか?
多分 1)を選ぶ方が多いと思います。医療者が同じことを提示していても、説明の仕方で結果は全く異なる可能性があります。これをフレーミング効果と言います。

 

実際に臨床の場面で抗がん剤の効果をお話する時にも、同じような現象が起こります。

 

1) 5年の生存率は20%です。
2) 5年の死亡率は80%です。

 

患者さんは、5年の生存率が20%しかないのかと考えることがほとんどです。そのほとんどの人が、治療を受ければ自分は20%の中に入ると思っていらっしゃいます。しかしながら確率から言えば、亡くなる80%の中に入る可能性の方が高いのは明らかです。現実には治癒することのない化学療法施行中の肺がん4期の患者さんも、そのほとんどの方々が治癒すると考えて、治療を受けていることが示されています。

Weeks JC, Catalano PJ, Cronin A, et al. Patients' expectations about effects of chemotherapy for advanced cancer. N Engl J Med. 2012 Oct 25;367(17):1616-25.

プライミング効果

ごくありきたりの単純な動作や記憶が、私たちの考えや感じ方に無意識の内に影響を与えていることがあります。例えばこんな実験があります。

1) 鉛筆を横にくわえると笑い顔に近くなります。
2) 鉛筆を縦にしてストローのようにくわえるとしかめ面になります。

鉛筆をくわえたままで漫画を読んでもらうと、その漫画を面白いと感じた人の割合は 1)の方がはるかに多いことが分かりました。笑顔を作ることで、実際に面白いという意識が惹起されたのだと考えられています。悲しくて泣くのではなく、泣くから悲しくなるというのは、何となくお分かり頂けるかと思います。韓国では亡くなった人を悼むのに「泣き女」という職業があります。これは、泣くことによってその人を悼む気持ちが強くなるのが、経験的に分かっているからなのでしょうか。

実験はさらに続きます。

私たちの無意識の内に植え付けられた記憶が、私たちの行動に影響を及ぼす例があります。アリゾナ州の選挙区で、学校補助金の増額案に対する投票を実施した際に、投票所を学校内に設置した場合には、そうでない場合に比して賛成票の割合が有意に高いことが分かりました。さらに、教室やロッカーの写真をあらかじめ見せられた人たちは、学校関連のプロジェクトを支持する率が高くなることも分かりました。私たちは投票とは熟慮の末の行動であって、自分の価値観や政策評価を反映しており、無関係の要素には左右されないと考えています。しかし実際の投票行動は様々な要素、ここでは投票所の種類や前もって見た映像によって無意識のうちに強く影響を受けているのが明らかになったのです。

このようなプライミング効果があるということを知っていると、「自分がどんな気分の時も、常に優しく親切にしなさい」という忠告はまことに当を得ていると言えます。優しく親切に行動することで、私たちは実際にも優しく親切な気持ちになるのです。また、常に笑顏でいることで私たちは実際に楽しい人生を過ごせることができるのです。

 

ハロー効果

 

ある人の容姿や声が良いことによって、実際にはその人の知らないところまで好ましく思えるようになることを指します。ある芸能人のファンになった人は、その芸能人のことを全く知らなくても、その人が大変素晴らしい人で、人格的にも完璧で、その人の全てを好きになってしまいがちなのです。これをハロー効果と言います。

それでは皆さんは次のアランとベンのどちらが好ましいとお思いでしょうか?

アラン: 頭がいい,  勤勉,  清潔, 直情的,  頑固,  批判的,  嫉妬深い

ベン: 嫉妬深い,  頑固,  批判的,  直情的,  清潔, 勤勉,  頭がいい

大多数の人はアランを好まく感じると思います。最後までよく見るとアランもベンも同じ性質を持っているのですが、ここでは順番が問題なのです。最初に目に入った性質が頭の中にインプットされると、後は有っても無くても無視してしまいます。最初の印象に影響されてしまうのがハロー効果なのです。

抗がん剤の説明についても同様のことが言えます。普通、抗がん剤の期待される治療効果を最初に説明します。効果についての説明が続いた後に副作用の説明が続きます、今後の生活についての説明はさらにその後に続きます。つまり説明を受けた患者さんはハロー効果によって、期待される良い効果のことしか意識にインプットされていません。後は全く無視してしまいがちです。

 

医療の現場で意思決定を支援する場合には、様々な情報を提供することが必要です。しかしその情報の提供の仕方によっては、患者さんは不合理な意思決定をするのです。ところが患者さんはそれを全く意識していません。合理的か、そうでないかを決めるのはもちろん医療者ではありません。合理的な意思決定が必ずしも患者満足につながらないことも多いでしょう。だからこそ、少なくとも医療者は適切な方法で情報を提供し、繰り返し意思決定の機会を持つことが求められているのです。

 

岡山大学大学院ヘルスシステム統合科学研究科教授松岡 順治
岡山大学大学院医学研究科卒業 米国留学を経て消化器外科、乳腺内分泌外科を専攻。2009年岡山大学大学院医歯薬学総合研究科、緩和医療学講座教授、第17回日本緩和医療学会学術大会長。現在岡山大学病院緩和支持医療科診療科長、岡山大学大学院保健学研究科教授 緩和医療、高齢者医療、介護、がん治療の分野で研究、臨床、教育を行っている。緩和医療を岡山県に広める野の花プロジェクトを主宰している。
岡山大学大学院医学研究科卒業 米国留学を経て消化器外科、乳腺内分泌外科を専攻。2009年岡山大学大学院医歯薬学総合研究科、緩和医療学講座教授、第17回日本緩和医療学会学術大会長。現在岡山大学病院緩和支持医療科診療科長、岡山大学大学院保健学研究科教授 緩和医療、高齢者医療、介護、がん治療の分野で研究、臨床、教育を行っている。緩和医療を岡山県に広める野の花プロジェクトを主宰している。

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