

以前紹介した、オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』(1932)は、科学的管理と社会的安定を至上の価値とする未来社会を描いたディストピア小説である。その社会では、人間は自然な出産によってではなく、工場的な生産過程(受精、胎児の発育、乳児の世話などの自動化)で創出され、個人は国家や社会の秩序維持のために最適化された機能として存在する。感情や家族愛は「社会不安の原因」として排除され、代わりに快楽と消費が制度的に奨励される。この徹底した管理社会は、合理性の極致として設計されながら、人間性の喪失をもたらす世界である。前回は、この小説の世界に生きる人達と、世界に不適合な人たちを収容する施設が作られる関係について述べたが、今回は少子化との関係について考えてみよう。
現代の日本をはじめとする先進諸国における少子化現象は、ハクスリーの描いた未来像とは対照的に見える。現代社会では、国家が多産に対する抑制として、出生を管理するのではなく、むしろ個人の自由な選択の結果として、出生が放棄されつつある。結婚や出産はもはや「義務」ではなく「選択肢」とされ、経済的・社会的要因によりその選択が回避される傾向が強まっている。すなわち、ハクスリーの世界が「生殖の過剰な制御」によって子どもを失った社会であるならば、現代社会は「制御の自由」によって同じ結果に至りつつあるのである。
両者に共通するのは、生命の誕生が社会の中心的価値から外れている点である。ハクスリーの社会では、出産は「野蛮な行為」として忌避され、現代社会では、子に対する愛情を持ちつつも、子を持つことが「非効率」あるいは「個人の自由を制限する行為」として敬遠される。いずれの場合も、社会の安定や個人の幸福が、生命の生成よりも優先されているのである。
また、快楽と責任の関係においても両者は相似的である。『すばらしい新世界』では、快楽は社会安定の手段として制度化され、性的行為は娯楽として奨励されるが、そこに愛情や生殖は介在しない。現代社会においても、快楽や自己実現の追求は尊重される一方で、結婚や子育てといった長期的責任は忌避される傾向にある。責任の伴わない幸福が理想化される点で、ハクスリーの管理社会と自由主義社会は、異なる道を経ながら同一の帰結に達している。
さらに、両者の社会構造の根底には、「効率」と「安定」を至上とする合理主義が存在する。ハクスリーの世界では、人間は生まれながらに社会的役割を割り当てられ、個性は排除される。種の維持が本能的な行動でなく、経済合理性のみから考えられているのだ。
現代社会でも、種の維持を目的とした社会習慣はなくなり、経済的合理性が人間の行動原理を支配し、子を持つことが「コスト」として認識される。この構造的矛盾は、自由の名の下に進行する自己消滅のプロセスといえる。
『すばらしい新世界』の管理された繁栄と、現代社会の男女の自由な関係は、表面的には対立しながらも、根源においては共通した人間観を共有している。それは、幸福を「制御可能なもの」と見なし、生命や愛情といった測定不可能な要素を排除する思考である。ハクスリーは、管理によって生命が失われる未来を描いたが、現代社会は、自由によって生命を手放す現実を生み出している。
女性にとって出産と育児は(男性が一部を担うとしても)大きな負担である。先進国はいずれも女性に対して多くの労力を強いる、出産・育児の問題を解決出来ない状態だ。これらの対比は、私たちに次の問いを突きつける。「人間の幸福と自由は、生命の継続といかに両立し得るのか」。その先に、『すばらしい新世界』のような、出産育児をしなくてもよい社会が到来するかもしれない。すなわち、人工授精の一般化と、人工子宮の誕生である。







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