難民政策と日本人の意識

日本で暮らす難民の状況は、「不登校の子供たち」と並んで私が最も危惧していることである。斉藤氏の記事「入管法の現在」を読み、ネットで日本社会の現状を探ってみた。その結果、大半の日本人が「不法滞在=強制送還」を支持している印象を受けた。

日本社会には至る所に規則があり、小さい時から規則を守るようしつけられているから、日本人は規則を絶対視する。従って「不法」=「罪」であり、「罰」を当然とするのだろう。
しかしながら、規則はある時ある人がつくったものであり、人間は間違いもするから、絶対に正しいとは限らない。
「入管法」は「可能な限り難民を受け入れない」という政府の方針(なぜ難民条約に加入しているのだろう)からつくられたものであり、一方的な法律である。遠い日本に逃れて来た人たちに対し、彼らの境遇を思いやることなく、故意にハードルを高くする。就労禁止、健康保険なしという苦境に置かれれば、病気になるのは目に見えている。不法滞在という状況に陥り、「日本のルールに違反した」という理由だけで裁判もなく施設に収容される。私から見ると、この法律こそ問題である。
「入管法」が正当なものではないとすると、それに違反しても「罪」にはならない。法律の正当性及び難民が立たされている状況を考えてみることもせず、単に「不法=強制送還」と唱えるのはあまりに愚かだ。

日本は世界195か国に大使館を設け、日本企業は7万以上もの海外拠点を持つ。そこでは当然ながら、日本人が仕事をし、生活している。未知の国での生活は、最初は大変である。言葉の不自由さもさることながら、日常生活の勝手がわからない。買い物や交通手段、医者や子供の学校など、現地の人にいろいろとお世話になったであろう。
2023年11月に海外に出かけた日本人は100万人に上ったという。多くの日本人が海外旅行を謳歌しているようだ。外国の観光名所を訪れ、各地の料理を味わい、買い物を楽しんだのであろう。

日常生活を見ても、外国とのつながりは否定できない。エネルギーをはじめ、食料品、衣料品等物資面はもとより、音楽、美術、スポーツ、文化面でも恩恵を受けている。
「不法=強制送還」と唱える人たちは、この現状を認識しているのだろうか。外国の恩恵を受けながら、日本に戻るなり「ここは日本」「日本は違うのよ」と、海外での体験などなかったように、我が物顔で日本のルールを盾に立場の弱い外国人に対して冷酷になるのは傲慢すぎるし、なんて利己的なのだろう。日本大使館や企業の海外拠点の存在をみても、難民の母国の事情に無知であるはずがない。タンザニアに大使館を置いていながら、入管当局が素知らぬ顔で難民に具体的な証拠を求めるとは、認識の低さに驚く。

「人権」とは何にもまして守られるべき権利である。国籍、人種、宗教に関係なく、「人」はまず「人」である。どの国のどの規則より「人権」は上に立つ。「人権」という言葉の定義を暗記しスラスラと答えて、「人権」を知っているとおごってはいけない。強制送還に追い詰められた難民の立場を考えてみることすらせず、単に彼らを犯罪者扱いすることは、「人権」の重みを知らないからである。難民も日本人も同じ人間である。
難民認定率が0.3%という数字は、「日本は厳しい国だ」と見せつけるより、日本人の「人権尊重の認識のなさ」と日本という国の「世界情勢に対する疎さ」を物語っていて、とても恥ずかしい。

私が暮らすドイツは移民受け入れの歴史が長い故、外国人が多い。外国人は彼らの言葉のみならず、宗教、文化、習慣、伝統、独自の価値観も背負ってやって来る。彼らは当然のことながらドイツに移り住んでも、今までのように暮らす。価値観の違いからくるドイツ人との衝突は少なくない。その度に彼らは議論をし合い、共存できる道を探ってきた。つまりドイツ人は外国人と向き合う度に、自身の価値観を問うことになった。彼らは自分の価値観の正当性を新たに考え、そして別の価値観があることを知り、自分とは違うものも受け入れてきた。様々な価値観が共存できることを体験から学んだ。

このように成長してきた社会は、ゆとりがある。社会の中に様々な見方、考え方があるから、人が自分のままでいられる。無理して他人に合わせることもないし、他人から強要されることもない。また、人はひとりひとり異なるという認識があるから、人にはできることとできないことがあるのは当たり前と考える。能力の限界があるにもかかわらず、人並みにできることを要求され、無理するようなことはない。頑張らずとも認められる。弱点も受け入れられる。多数派の圧力がないから、人は他人に同調する必要もなく、自分の意見を言いやすい。集団いじめに至らない。

このような社会は強い。積極的に人を受け入れ育てるから、移民もドイツ社会で立派な労働力となり、ドイツの発展に役立っている。ちなみに、コロナワクチンの開発者であるバイオンテック社創立者シャヒン氏とテュレジ氏夫妻もトルコ移民の子孫である。彼らがドイツ社会で受け入れられ、ドイツ人同様に教育を受け、研究を続けられたからこそ、コロナ感染拡大に歯止めをかけることができたのである。

日本社会は「何事もなく、万事順調にいくように」と、完璧を求めすぎていると思う。皆で足並みを揃えるからこそ、ついていけないものは振り落とされ、異なる意見を述べるものは「変人」扱いされる。危険をはらむものは最初から遠ざける。得体がしれない難民は、なんとなく危うそうである。実際にある難民が事件を起こせば、「それ見たことか」とマスコミが大々的に取り上げ、国民の危惧をあおる。事件を起こしたのはある一人の「人」であり、他の難民には関係のないことである、と考えられる人は少ない。事件を起こしたのであれば、日本人、外国人に関係なく、同様に処罰すればいいのである。

少子高齢化社会である日本。労働力不足は今後も深刻化していくだろう。日本で生まれ育っている「不法滞在」の子供たちと家族、日本に溶け込もうとしている難民、彼らを追い返して日本には何のメリットがあるのだろう。彼らを積極的に受け入れ、経済的にも支援し、安定した生活を送ることを可能にすれば、生活難ゆえに罪を犯すこともなく、日本にとって大切な労働力となるだろう。

人は自分と異なるものに出会って、初めて自分自身を見直すことができる。同じ価値観に凝り固まった社会にこそ、異なるものの存在が必要である。異なるものが存在できる社会では、誰もが生きやすい。日本人自身も生きやすくなるだろう。

私たちが抱える問題は変遷している。地球温暖化のような環境問題はもとより、世界各地で増え続けている紛争から生まれる難民問題も、地球規模でしか解決できない。日本一国ですべてを解決できる時代ではない。もっと世界に目を向け、「世界の一員」という意識で積極的に義務を果たしてほしい。

ドイツ在住阿部プッシェル 薫
1987年東京女子大学卒業後、日本を一度外から見てみたくデュッセルドルフに就職先を決める。日系企業に勤務の傍ら、趣味の音楽活動を通じてドイツ社会に友達の輪を広げる。その後ドイツ人男性と結婚、2児を出産し、現在もドイツ在住。子育て中の体験を契機に、自分の価値観を見直すようになる。ドイツ社会を知れば知るほど日本社会の問題点が見えるようになり、日本の皆さんへメッセージを送りたく、執筆活動を始める。
1987年東京女子大学卒業後、日本を一度外から見てみたくデュッセルドルフに就職先を決める。日系企業に勤務の傍ら、趣味の音楽活動を通じてドイツ社会に友達の輪を広げる。その後ドイツ人男性と結婚、2児を出産し、現在もドイツ在住。子育て中の体験を契機に、自分の価値観を見直すようになる。ドイツ社会を知れば知るほど日本社会の問題点が見えるようになり、日本の皆さんへメッセージを送りたく、執筆活動を始める。
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