「GAFA」が生まれない日本―リスクを取らない政府・企業・国民

この4月より大学・経済学部で主に2~3年生を対象として通年科目「日本経済論」を担当することになった。この科目は「日本経済をマクロ的、ミクロ的視点から理解する能力を培う」を主目的とした講義であり、多くの経済学部を中心とした社会科学系の大学の科目として配置されている。マクロ的視点では、金融・景気、戦後経済、バブル経済、デフレ、インフレ、高度成長、エネルギー、少子・高齢化、グローバル化、貿易、直接投資、国際経済協定等にフォーカスし、日本が抱える課題を読み解くものである。この様に対象が幅広く、全てを網羅しようとすると限られた時間では漠とした浅薄な授業になると考え、電機メーカーで国際ビジネスを長年担当してきた実務家としての経験を活かすべく「バブル崩壊後と重なる平成の時代、失われた30年」を基幹テーマとして、日本経済や製造業(自動車、電機、IT、半導体など)、金融(メガバンク、地銀)、総合商社などの産業界を代表する日本企業の課題を前期・後期併せ30回で講義することにした。このWEBマガジンにも掲載された「ホンダジェット・MSJ、東芝、TSMC」等についても分かりやすく学生に話す予定である。

さて、現在二十歳前後の学生が生きてきた時代は「失われた30年」そのものであり、そして彼らの親世代の多くが「就職氷河期」世代である。日本人や日本企業が、「不確実性としてのリスクを取らなくなった」といわれて久しいが、時代的な背景もあり、学生の親世代、そしてその影響を受けた若い学生の多くが、“リスクの回避”や“ゼロリスク”などに代表される臆病な体質が染み付いてしまっている。ハーバードなどの欧米有名大学への本格的な海外留学を志望する若者は、中国・韓国からの志望者が増加する一方で、日本からの志望者は減少の一途である。このことは、世界価値観調査に基づき、日本国民とりわけ20代の若者はリスクを取らないと評価され、『ニューズウィーク日本版』(2015年12月1日)が「世界一『チャレンジしない』日本の20代」という記事を掲載したことが、その証左である。

リスクを取らない体質は、企業の方がより深刻である。GAFA(以上 米国)、サムスン、LG(以上 韓国)、TSMC、ホンハイ(以上 台湾)、テンセント、アリババ、ファーウェイ(以上 中国)などのグローバル企業が、この30年間で誕生する一方、日本企業の存在感は益々希薄になっている。日本の家電メーカーやIT企業が海外企業に買収され、資本援助を受けている事例に枚挙にいとまがない。

なぜ、日本企業は世界に通用する技術開発や事業戦略を立てられないのか。その背景にはリスクを冒さない、取らない企業体質がある。日本の大企業では、新事業への挑戦を期した設備投資、M&Aや研究開発に取り組む姿勢が乏しく、巨額の内部留保を貯めこんできたー20年度過去最高の484兆円(下図)。

さらに、日本のROA(総資産利益率)の標準偏差は2.2%と、リスクテイクが最も低いことが確認されている(表1)。また、1988年から1998年における35か国の中で日本企業の現金保有が最も高く多額の現金を保有しているが、現金を投資や株主還元に使用しないという意味で、リスク回避的であることが確認されている(表2)。

表1.企業のリスクテイクの国際比較

注:企業のリスクテイクの代理変数としてキャッシュフロー・ボラティリティを使用。
この変数が大きいキャッシュフローの変動が大きく、リスクの高い投資行動の帰結だと解釈される。一方、小さければ=安定的なキャッシュフローを創出し、リスクの低い投資行動の結果とみなされる。

 

表2.企業の現金比率の国際比較

出所:表1,2ともに野間幹晴(2021)(一橋大学)
https://www.hit-u.ac.jp/hq-mag/research_issues/430_20210701/

内部留保の本質は利益剰余金であるが、本来なら利益が積み上がる前に利益の一部をM&A、技術開発や設備投資に回すべきであって、それを怠りその多くを現金で所有しているのが日本企業の現状である。日本では個人の貯蓄性向が依然として高く、企業も同じ性向と言えるが、企業では利益を有効活用できない経営者は無能とみなされ追及される欧米とは大きな違いであると感じ得ないのである。

日本人個人への問題提議として、橋本理事長が昨年1月8日付のWEBマガジンに「リスクを取らない日本人」を発表され、その原因と対策として「日本の極端な高齢化と人口減少は、その対策(移民政策)を取らなければ、今後日本がさらにリスクを回避する社会に移っていくことを示唆している。」と括っていたが、その通りである。今回、ここに日本企業や日本社会が抱えるこの問題について、原因と対策案について述べたい。

 

問題点1:日本企業の新しいことへ挑戦しない体質、その姿勢は経営者だけではなく、社員も同じである。この問題の背景にあるのが日本の雇用形態、“責任を取りたくない、自己判断で失敗した場合、責任を追及される。失敗した場合、減点法での人事考課が、その後の会社人生に大きな汚点となる”という日本の雇用形態である。
また、日本企業が新卒一括採用システムを続けているのは“能力の高い人材よりも、どこにも染まっていない人材を採用する”ことが理由ではないか、これでは国際競争に勝てない。
対策1:「終身雇用」「新卒一括採用」の大幅な修正、最終的には廃止が必要である。

問題点2:内部留保を貯めこみ、その多くを現金で所有している日本企業の経営者の“不作為の経営責任”。利益を有効活用できない経営者は無能とみなされ追及される欧米とは大きな違いである。
対策2:経営トップを外部から招聘する、社外外取締役や女性取締役を増やし、企業にダイバーシティとスピードを求めると共に説明責任と結果責任を厳格化する。

問題点3:教育の問題、大学進学が一般化した80年代以降、入試ではマークシートが主流となり「思考力より暗記力」が横行した弊害として「正解のない」問題に対して思考停止となる。理数系の勉強を放棄しても私立文系の名門大学への道は開かれているが、これではリスクの計算が冷静にできない。コロナ対応やDX対応への遅れ、スタートアップ企業の出遅れ、動かせない原発、これら全てがリスクを見定め前例も正解もない「難問」を突き詰めるのが苦手な日本社会の帰結ではないか。
対策3:入試改革:マークシートから記述式へ個別大学入試で採用。大学改革:文理融合や専門課程進級時に選択(米国のように)、グローバルビジネスでは思考力と論理力を兼ね備えた文理融合センスが必須。

以上、いずれも既得権益や変化を受容できない勢力などに阻まれ対策を実行するには困難を伴うことが想定される。しかし、このままでは「失われた30年」が40年、50年となり、有為な人材や企業が日本から離れていくのは必至である。根拠のない楽観論を捨て危機感を多くの国民と企業との間で共有すべきであろう。 

大東文化大学国際関係学部・特任教授 高崎経済大学経済学部・非常勤講師 国際ビジネス・コンサルタント、博士(経済学)江崎 康弘
NECで国際ビジネスに従事し多くの海外経験を積む。企業勤務時代の大半を通信装置売買やM&Aの契約交渉に従事。NEC放送・制御事業企画部・事業部長代理、NECワイヤレスネットワークス㈱取締役等歴任後、長崎県立大学経営学部国際経営学科教授を経て、2023年4月より大東文化大学国際関係学部特任教授。複数の在京中堅企業の海外展開支援を併任。
NECで国際ビジネスに従事し多くの海外経験を積む。企業勤務時代の大半を通信装置売買やM&Aの契約交渉に従事。NEC放送・制御事業企画部・事業部長代理、NECワイヤレスネットワークス㈱取締役等歴任後、長崎県立大学経営学部国際経営学科教授を経て、2023年4月より大東文化大学国際関係学部特任教授。複数の在京中堅企業の海外展開支援を併任。
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