比較検証:日本のものづくり:ワクチンそしてMSJとホンダジェット

先日、板野聡先生がOpinionsの掲載記事の中で「わが国が何故多額の税金をつぎ込んで外国からワクチンを購入しなければならないのか。日本の「国家」としての感染対策、さらにはワクチン対策が長年に亘って放棄され、さらには歴代の政府の無為無策が招いた。また、日本のワクチン行政の失態の裏では、ワクチンでの副作用を声高に言い募って世論をミスリードしたメディアの責任が大きい」と述べておられました。私の専門である技術経営、特にエレクトロニクスやインフラ分野でも同様のことが起きており今回紹介したいと思います。

今年4月29日にメディアが、三菱航空機が99.6%の減資を行い、「三菱スペースジェット」(MSJ)事業で膨らんだ累損の穴埋めをしたと伝えました。親会社である三菱重工は昨秋MSJ事業の凍結を発表しましたが、今回の減資で完全撤退と思われます。2008年に経産省主導で開発が始まったMSJは、敗戦国であるわが国が、撤退を余儀なくされてきた航空機産業分野への再起と、三菱重工にとっては欧米企業に席巻されていた航空機市場への本格参入をする狙いがありました。かつては「ものづくり」大国であった日本ですが、家電や半導体などの電機産業の国際競争力が凋落し自動車の一本足打法となっていました。さらには、次世代EVで中国が国家戦略としてリードするなか、自動車産業も安穏しておられない状況となり、「ものづくり」復活の活路として経産省が期待したのが航空機産業でした。しかし、度重なる開発遅延、COVID19が航空機需要を蒸発させ、引導を渡すことになったのです。

一方で、単純比較はできませんが、自動車メーカーのホンダが8人乗りのプライベートジェットとしてホンダジェットの製品化に成功しました。重工産業が失敗し、自動車産業が成功した航空機開発と言えます。

ホンダジェットは、ホンダエアクラフト カンパニー社長兼CEOである藤野道格氏が発案しました。現在ホンダジェットの設計・開発責任者でもある藤野道格氏はホンダに入社してから30年間航空機の開発に携わり、ユニークな小型ビジネスジェット機をゼロから設計し、商用化まで実現させた人物です。彼は当時、歴代のホンダのトップからの厳しいダメ出しに敢然と立ち向かい、ホンダがホンダジェットをやる意味を社内で共有させました。また、経験のない事業を、蓄積も乏しく、その基盤のない日本でやることを放棄し、北米に拠点を設立、北米のエコシステムの中で事業を育んだことも、藤野氏の慧眼と思われます。そして完成まで一貫して藤野氏がプロジェクト・リーダーであったことも大きな要因(勝因)でしょう。

ところが、対するMSJは全く対照的な発想と経緯を辿ります。この事業の発案者は、当時の経産省製造産業局の課長クラスと言われています。「今しか、日本が航空機産業を再興する機会はない」という危機意識の醸成をしたものの、気が乗らない三菱重工を補助金の札束で引っ叩いて、経産省がバックアップするとの約束のもと着手させました。MSJは、国家事業でもあったため、拠点を国外に置く事など夢想だにしませんでした。また三菱重工側には藤野氏のように、この困難な事業に命を賭けてやる意思のあるリーダーは一人もいなかったのではないかと思われます。結局ナイナイ尽くしの中で、認証取得困難、設計変更の繰り返しで、刀折れ、矢尽きたのです。

このMSJとホンダジェットの例からみられる事業成功のポイントはどこにあるのでしょう。マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授)が提唱している有名な経営学理論に「組織の成功循環モデル(Core Theory of Success)」(図参照)があります。これには、好循環と悪循環の二種類があり、まさにホンダジェットはこの好循環のモデルと言えるのではないかと思います。

好循環の特徴は、「関係の質」を高めるところから始めていることです。メンバーの相互理解を深め、お互いを尊重し、一緒に考えると、気づきや面白さを感じることが出来るので、「思考の質」が向上します。そして面白いと感じることで、メンバー自らが自発的に考えて積極的に行動を起こすようになり、「行動の質」も向上します。その結果、「結果の質」が高まって成果が得られ、その実績が再びメンバーの信頼関係を強化するため、「関係の質」がさらに向上してゆくというサイクルになっています。

一方で、「結果の質」起点とするのが悪循環です。結果だけを追い求め、目先の数字を向上させることのみに執着し、けれども思うように成果が出ない場合、悪循環に陥ります。多くの会社では、この悪循環を解消するために「結果の質」から逆回りに改善を試みます。「結果の質」が低下すると、それを何とか向上しようとするあまり、押しつけやパワハラめいた指示・命令が横行し、社員の行動統制が始まります。すると、心理的安全が確保されず「関係の質」が悪化し、メンバーの「思考の質」が「どうせやっても無理だ」というあきらめの状態に低下します。そうなるともはや自発的・積極的に行動しなくなり、「行動の質」の低下につながり、成果が出ません。つまり、さらなる「結果の質」を招いている状態です(※)。

今回のコロナ禍におけるワクチン政策での政府、官僚、自治体などの対応を見るに、「結果の質」を起点とするのが悪循環に陥ったMSJの失敗と重なって見えます。

厚労省によると、国内のワクチンの市場規模は医薬品全体(10兆円)の1%程度しかなく、大半は輸入品に頼っています。海外の大企業に世界市場を席巻され、国内市場さえも国内企業の参入がほとんどみられない状況は、ワクチン産業が前述の航空機産業と同じ様相を呈しているように思えます。優秀なリーダーと理解ある経営陣のもと、自らの事業として好循環を起こし成功させたホンダジェットと比べ、国内製薬企業のワクチン開発はどうだったのでしょうか。厚労省の庇護のもと、その方針に従った点でMSJと同じ構図が見えます。今回のコロナ禍を契機にして、ポストコロナの時代には、欧米のメガファーマとの差別化を図るワクチン開発で国内のみならずグローバル市場を目指す、国内製薬産業や製薬界の「ホンダ」と「藤野道格氏」が現れて欲しいものです。

大東文化大学国際関係学部・特任教授 高崎経済大学経済学部・非常勤講師 国際ビジネス・コンサルタント、博士(経済学)江崎 康弘
NECで国際ビジネスに従事し多くの海外経験を積む。企業勤務時代の大半を通信装置売買やM&Aの契約交渉に従事。NEC放送・制御事業企画部・事業部長代理、NECワイヤレスネットワークス㈱取締役等歴任後、長崎県立大学経営学部国際経営学科教授を経て、2023年4月より大東文化大学国際関係学部特任教授。複数の在京中堅企業の海外展開支援を併任。
NECで国際ビジネスに従事し多くの海外経験を積む。企業勤務時代の大半を通信装置売買やM&Aの契約交渉に従事。NEC放送・制御事業企画部・事業部長代理、NECワイヤレスネットワークス㈱取締役等歴任後、長崎県立大学経営学部国際経営学科教授を経て、2023年4月より大東文化大学国際関係学部特任教授。複数の在京中堅企業の海外展開支援を併任。
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