挙児を希望しながら一年経っても妊娠出産されていないカップルは、不妊症という病名での保険診療が可能になります。また、男性に精液所見の異常が認められる場合や、女性に卵巣機能不全(月経異常)、子宮内膜症、子宮筋腫、卵管異常などの合併症がある場合は、一年経っていなくても保険診療の対象になります。近年、人口減少に伴ってカップル数は減少していますが、結婚年齢が遅くなっていることもあり、治療を必要とするカップルの割合は増加傾向にあります。最近の国立社会保障・人口問題研究所の報告では、結婚されていない男女も多く、また6組に1組のカップルには子供がいないとされています。
思春期になると、精巣で約70日かけて精子が造られるようになります。1日に数千万もの精子が日々新しく作られています。一方、女性の卵子は、排卵直前に第1減数分裂を完了し、そのあと精子侵入によって第2減数分裂を完了して受精に至るのですが、その第1減数分裂中期まで発育して休眠状態になったものが胎児期に造られます。出生時には100万程度、思春期には数十万と個人差がありますが次第に減少し、また質的低下も起こってきます。このため女性は35歳くらいから、次第に妊娠率が低下し、流産率が増加するようになります。
精子は、一回の射精で一億以上が放出され、受精の場である女性の卵管膨大部に数時間をかけて到達し、数日間に渡り受精能を保つことができます。一方、卵子は、毎日、数十ずつが目覚めて発育を開始しますが、成熟して卵巣から放出(排卵)されるものは、月に一つ程度で、受精できる状態は24時間も維持されません。
保険診療の対象となる一般治療は、この排卵時期を推定してタイミングを指導するほか、男性の精子異常、卵巣機能異常、卵管異常などを見つけて、その異常を取り除こうとするものです。しかし残念ながら、全ての原因を特定できる検査や治療法があるわけではありません。検査をしても原因が推定できないことも多くあります。また原因が見つかっても手術などでさえも除去できないこともあります。
また、先にも述べたように女性の加齢が妊娠出産を困難にしていきますので、女性の年齢によっては治療のステップアップを急ぐ必要があります。また、年齢に関わらず卵子の残存数が少なくなっている方もいます。残存卵子数を、抗ミュラー管ホルモンAMHの採血検査(自費)で推定しますが、少なくなっていると考えられる場合は、治療の早いステップアップをお勧めすることになります。
人工授精は、女性側に決定的な原因は無いという前提の基で、女性の排卵期に行います。精液検査で精子濃度が少ない、精子の運動性が良くないといった精子異常、性交障害、射精障害や、また女性の精子受け入れ条件不良などが対象です。精液は一般的に1.5mL以上ありますが、子宮腔内に注入できる液体量は0.5mL以下です。このため人工授精では、清潔容器に用手的に採取された精液を洗浄濃縮して少量の液体に精子を集め、この精子液を子宮腔内に注入します。人工的に受精現象を起こすものではないことから、日本では「授精」という言葉を用いますが、海外では「子宮腔内精子注入法IUI」と呼ばれています。
体外受精は、2010年にエドワード博士がノーベル医学生理学賞を受賞され、一般的な治療法として世界中に拡まっています。我が国では保険診療の対象になっていませんが、厚労省・自治体から特定不妊治療費助成事業として一部補助金(年齢制限・年収制限あり)が出るようになっています。通常では一つしか成熟しない卵子を、排卵誘発剤を使って数多く発育させ、体外に取り出し(採卵)、精子と一緒にし(媒精)、卵管の状態を作り出した培養液/培養器で保管して受精や胚(受精卵)の発育を確認し、この胚を子宮に移植、または、一旦、液体窒素内に凍結保存して別周期に移植するのに備えます。この体外受精では、ある程度取り除けない原因が残っていても、また原因が見つからないままでも、妊娠の期待があります。精液には精子が全くない無精子症であっても、精巣内精子を採取して顕微授精(媒精する精子が不足するとき、1つの卵子細胞質内に1つの精子を注入する方法)で妊娠出産されたカップルも多数おられます。
しかしながら体外受精においても、女性の加齢の影響は大きく残ってしまいます。35歳くらいでは60%以上で出産が期待できるのに対し、40歳くらいでは20%以下に落ち込んでしまいます。この妊娠できない、あるいは流産の原因の多くは、胚(受精卵)の染色体の異数性異常と考えられますが、女性の加齢でこの頻度は高くなります。現在の胚形態的評価に加え、胚盤胞(採卵から5日ほど経過し100以上の細胞となり、将来の胎児部分ICMと胎盤部分TEに分かれた状態)のうち、胎盤部分TE細胞の数個を取り出して他の部分を凍結しておき、取り出した細胞の染色体の異数性を検査して胚の移植(優先)順を決めようというPGT-A臨床研究が始められています。
この検査は染色体の異数性を検査しようというものですが、XXまたはXYの性染色体も分かってしまうことになります。ですので、児の性別は伝えないという事前説明を行います。また、将来的には染色体の異数性だけでなく、染色体を構成するゲノム配列による遺伝子診断も可能となるかもしれませんが、遺伝子診断は行わないことが現在の前提です。遺伝子診断まで行うとなると「ほとんどの人に何らかの異常や保因が見つかる」可能性が高く、「何をもって正常と判断するか」が大きな問題になるものと思われます。また遺伝性の異常や保因がみつかったとき、その検査結果はご本人だけでなく、ご家族や親戚の方にも関わることにもなりかねません。このため、安易に遺伝子診断を行うことは慎まなければならないと考えています。染色体異数性検査は、胚(受精卵)の凍結保存や移植順を決める情報を得ようとするもので、異常が無いと判定された胚を移植できれば、年齢に関わらず若い世代と同じくらいの妊娠出産率が期待できるようになり、不要な移植や凍結保存を行わずに済むという利点があります。しかしながら、検査結果によっては移植できる胚がなくなってしまう可能性があり、また検査には一胚あたり数万円の費用が掛かるといった問題があります。
妊娠出産を高い確率で期待するためには女性年齢を考慮する必要があり、個々がライフプランを考えておくと伴に、より早期に妊娠・出産・育児に取り組める社会的環境整備が必要です。女性の労働力が必要不可欠な現在の社会情勢において、妊娠や育児に必要なカップルの時間ねん出を考えなければなりません。企業によっては生殖医療(不妊治療)に対して休暇制度が設けられるようになっていますが、生殖医療のためにカップルが必要とする時間は、長期休暇ではありません。女性の卵子成熟に伴って、急に予定される短時間の受診が幾度か必要になってきます。生殖医療機関も待ち時間を短縮しなければならない、という大きな課題をもっています。
がん治療などで妊孕性(妊娠する力)が失われる前に、精子や卵子を温存しておくことも可能になっています。がん治療成績が向上したことからも、がん治療担当医は治療後のQOLを踏まえた説明が必要とされています。また、精子や卵子の提供を受けての生殖医療も海外では当たり前になっていますが、我が国では法整備もされておらず棚ざらし状態になっています。「生殖医療で何ができるか」先ず知っていただきたいと書き進めました。
少子化対策は喫緊の課題であり、これからの日本を考えるうえで重大事と思います。たくさんのご提言をいただければと思います。よろしくお願いします。
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