ドイツ人と日本人の違い

子育てをしている時期は、未知の人と知り合いになる機会が多い。子供たちが遊ぶ約束をしてくると、親の私も一緒にお邪魔し、色々話した。そして感じたのは、ドイツ人はほぼ初対面の人にも自分のことをかなりさらけ出して話すということだった。ある母親は、夫と別れて一人で子育てをしている現状に至る過程をかなり詳しく語ってくれた。私だったら、ほぼ初対面の人にここまで話すだろうか?ドイツ社会では、人はとても正直に話す。「照れ」「羞恥心」というような感覚が、人を左右しないように感じる。「こんなことを言ったら、馬鹿にされるのではないか、ヘンに思われるのではないか」とは考えないようだ。

ドイツ暮らしのほうが長く、夫もドイツ人で、子供たちもドイツの学校を卒業した環境で生活している私であるけれど、しばし会話をしながら無意識に相手の内心まで考えている自分に気づく。ドイツ語で話しながらも、内心「言うか言わないか」考えている。子どもの頃に身につけた日本社会の常識が自分の根底にあり、私を操作しているように感じる。ドイツという外の社会、自分の中にある日本社会。ドイツで暮らしているからこそ、日本を見ることができるようになったと思う。これを日本の皆様にお伝えできたらとペンをとります。

なぜ私は話しながら、無意識に相手のことを考えるのだろう?相手に配慮する場合もある。または、自分を保護するための場合もある。相手からばかにされないようにと。つまりこれは、自分という存在を相手と相対して見ていることになる。自分を見る際、相手や周りを意識する。この態度は、子供の頃に周りの大人たちから教えられたものである。「ちゃんと周りを見て」「皆の迷惑になるでしょう」「我慢しなさい」「口答えはしない」「大人の言うことには黙って従うもの」このような文句が私の脳裏に刻まれている。このように育てられて大人になると、「自分の言動は周りに合わせるもの」「他人を不愉快にさせることは言うものではない」「異なる言動は皆の迷惑になる」と思い込んでいる。よって、皆が皆に懸命に合わせる結果になる。人々が想定している正しい姿は、ある一つの決まったものになり、それに沿わないものは、どんどんはじかれていく。

私たちの年代が子育てをし始めた頃から、「登校拒否」の問題が深刻化してきた。私のように育てられた親たちが、この価値観にさらに磨きをかけて自分の子供を育てる。自分の意思より、周りを尊重しなければいけない。周りの大人たちは、そろって同じことを言う。自分の周りのことは、すべて大人から決められている。規則でもってはじめから正しいことを示されていて、自分で試してみる隙間もない。世の中には正しいことが一つしかなく、それに沿わなければ認められない。子供たちがつまずくのも当然だと思う。

ドイツで暮らして初めて、私は自分の思い込みに気づいた。それについての体験談を以前記事にしたが、社会は皆で合わせなくても機能する。というより、ひとりひとりが異なるからこそ互いに補い合い、社会が成り立つ。周りに合わせていると、自分を見失ってしまう。自分が他人と違うことが普通なのであり、合わせる必要はないし、それより異なる相手を認め、受け入れる(妥協するのではない)ほうが大切で、人が生きやすい優しい社会になれる。ドイツで暮らしていると、様々な見方や考え方を見る。移民を積極的に受け入れてきたから、外国人も多い。ドイツ人は、常に異なる価値観との摩擦にさらされ、自らの価値観を見直す機会を得てきた。人は様々な価値観に出合うと自らを振り返ることができるし、自分自身の価値観を形成するのに役立つ。日本人の私の考え方にも耳を傾け、議論する。「日本人だから例外」と扱われることはない。人に余裕があると感じる。

私が書くものは、日本人の常識から外れているし、実際日本の近親者や友人からも理解されていない。「日本はそうはいかないの」「ドイツとは違うの」「外国に住んでいる人から口出ししてほしくない」と言う声を聞いたし、大半は口を閉じてしまう。私の指摘する点について議論するという過程には至らない。自分が思い込んでいることと異なったことを聞かされると不快に感じ、頭から拒絶するというのは、あまりにも敏感過ぎると思う。

子供の不登校は、現在は35万人にも上るという。政府は「どの子供も不登校になりうる」という見解を発表している。なんということだろう。「あなたの子供もいつか苦しみますよ」と言っているようなものである。大人は日本社会で常識として通っていること、規則になっている内容について一度自分で考えてみるべきである。「私の毛はもともと茶色がかっているから、中学校に入るのにどうしよう」などと子供が心配するのは、あまりにもばかげている。

私は昔、世間でいう「いい子」だった。母は「うちはいい子で良かったわ」と言っていた。私は内心、「もし皆から『いい子』として見られなかったら、母は私を好きだろうか?」と思っていた。母が私自身を見ているより、私を周りと相対して見て、評価していると感じていた。私が実際はどう感じ、思っているかということに関心を寄せるより、周りの評価に合うことの方を大切にしていると子供心に思った。とても寂しい気がした。

子供は大人次第である。大人が変わらなければ、「登校拒否」の問題は解決できないだろう。登校拒否になった子供たちを救う対策のみでは、片手落ちである。「子供が苦しまない社会」に変えることが必要である。私が日本社会の大人に求めていることは、多数派の圧力が強い社会ではかなり難しいしと思う。しかしひとりひとりが自分の近辺に目を向け、「あれ、これおかしいのでは?」と考え始めれば、思い込みから徐々に解放されるのではと思う。異なる見方や考え方が出始めれば、「こうしなければいけない」という圧力から子供は解放される。「人と違ってもいいい」「自分のままでいい」と、人が自分も他人をも受け入れられるようになれば、優しい社会になる。

最後に、二つの国で暮らして得たことを記したい。

私は自分の言動を決める際、「日本人」「ドイツ人」ではなく、一人の「人間」としてどうすべきかと考えることにしている。世界は広い。様々な民族があり、国を形成し、独自の宗教、伝統、習慣をもつ。外から見るとびっくりするようなことが、ある人々の間では当然とされていたりする。しかしながら、物事には道理がある。物事の道理を見極めれば、正しい答えが得られるように思う。

ドイツ在住阿部プッシェル 薫
1987年東京女子大学卒業後、日本を一度外から見てみたくデュッセルドルフに就職先を決める。日系企業に勤務の傍ら、趣味の音楽活動を通じてドイツ社会に友達の輪を広げる。その後ドイツ人男性と結婚、2児を出産し、現在もドイツ在住。子育て中の体験を契機に、自分の価値観を見直すようになる。ドイツ社会を知れば知るほど日本社会の問題点が見えるようになり、日本の皆さんへメッセージを送りたく、執筆活動を始める。
1987年東京女子大学卒業後、日本を一度外から見てみたくデュッセルドルフに就職先を決める。日系企業に勤務の傍ら、趣味の音楽活動を通じてドイツ社会に友達の輪を広げる。その後ドイツ人男性と結婚、2児を出産し、現在もドイツ在住。子育て中の体験を契機に、自分の価値観を見直すようになる。ドイツ社会を知れば知るほど日本社会の問題点が見えるようになり、日本の皆さんへメッセージを送りたく、執筆活動を始める。
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