

減税を唱えれば支持が集まる―とりわけ「消費税」をめぐっては、その図式が常態化している。2026年総選挙において、与野党がこぞって消費税の減税や廃止を公約に掲げたことは、その象徴である。背景には、消費税に対する国民の強い忌避感、すなわち痛税感がある。
日本における痛税感については、多くの分析が蓄積されている。本稿ではそうした議論を踏まえつつも、なぜ消費税に対して強い忌避感が形成されてきたのかを、制度の中身そのものではなく、その名称や見せ方が税をめぐる政治に与えてきた効果に着目して検討する。
日本の消費税は、消費そのものに直接課税する税ではなく、取引の各段階で生み出される付加価値に課する税である。海外では、その性格どおり「付加価値税(VAT)」やそれに類する名称で呼ばれている。ところが日本では、この税は導入以来、一貫して「消費税」と称されてきた。
この命名は、日本の税制の伝統から見ても、やや異例である。日本の税目名は、所得税(所得)、固定資産税(固定資産)、入湯税(入湯行為)など、課税の対象をそのまま名称に反映させるのが基本だった。近年では森林環境税のようにこの原則から外れた例も見られるが、少なくとも消費税が導入された1980年代には、課税客体にもとづく命名は強く意識されていたはずである。にもかかわらず、なぜ付加価値型の間接税が「消費税」と名付けられたのか。
日本で新たな間接税が本格的に検討され始めたのは、1979年の大平正芳内閣による「一般消費税」構想である。しかし、この構想は同年の総選挙での大敗を受けて撤回された。その後、1987年に中曽根康弘内閣が打ち出したのが「売上税」だった。中曽根首相は、前年の衆参ダブル選における「大型間接税は導入しない」という公約との整合性を保つため、あえて付加価値税という名称を避け、「売上税」という言葉を用いたとされる。しかし、この名称は結果的に強い反発を招いた。「売上税」という語は、販売事業者にとって「自分たちの売上そのものに課税される」というイメージを直感的に想起させたのである。中選挙区制の下で強い政治的影響力を持っていた業界団体を中心とする反対運動を抑えられず、売上税法案は最終的に廃案となった。
この経験を踏まえ、1989年に竹下登内閣が導入したのが現在の消費税である。名称を「消費税」とした背景には、当時の政治構造を踏まえた現実的な判断があったと考えられる。中選挙区制の下では、組織化された業界団体の反発は政策そのものを頓挫させかねない影響力を持つのに対し、消費者の反発は分散的で、政治的に組織されにくかった。そのため、当時の政治判断においては、「国民一般の不満」よりも、「事業者の強い拒否感を避ける」ことがより重視されたのである。この意味で、「消費税」という名称は、当時の政治環境の下では一定の合理性を持っていた。
しかし、その合理性は当時の制度環境にもとづくものだった。その後、衆院選に小選挙区制が導入されると、業界団体の政治的影響力は相対的に低下し、無党派層や浮動票の比重が高まった。政治は次第に、有権者一般の認識や感情により敏感にならざるを得なくなった。そうした状況の下で、「消費税」という命名は、むしろ反発を増幅させる方向に作用した。日々の買い物のたびに税負担を実感させるこの名称は、「日々のくらしに課される税」という印象を、人々の中に定着させていったのである。さらに、「消費者が払った税金を事業者が預かっている」という不正確な理解を生み、輸出還付金を受ける企業や免税事業者を標的とした「益税」批判という不毛な分断をもたらした。
こうして形成されたイメージを実務面からも決定づけたのが、価格表示をめぐる迷走である。欧州型の付加価値税では、税を含めた価格を表示する「総額表示(内税)」が一般的であり、税の存在は消費者からは見えづらくなっている。日本でも2004年に総額表示が義務化され、一度はそうした方向に進んだ。ところが、2014年および2019年の消費税率引き上げに際して、政府は時限的に税抜き価格の表示、いわゆる外税表示を再び認めた。増税分を価格に転嫁しにくい中小零細企業への配慮という事情は理解できるものの、これは同時に、それまで進めてきた「税負担を見えにくくする工夫」を後退させる選択でもあった。
その結果、消費税は、国際的に見れば税率が比較的低い水準にとどまっているにもかかわらず、常に強い反発にさらされ、税率の引き上げはきわめて困難な政治課題となってきた。近年では、消費税の減税や廃止を訴える主張がいっそう広がり、今回の総選挙でも各党が減税あるいは廃止を掲げた。「消費税」という命名は、税制そのもの以上に、税をめぐる政治を不毛な減税競争へと固定化してきたと言ってよい。
仮にこの税が、課税客体にもとづく命名原則に従い「付加価値税」と名付けられていれば、導入後の状況は異なっていた可能性がある。付加価値という概念は分かりにくい反面、課税の実体を日常生活から一段距離のあるものとして捉えさせる。その分、痛税感は相対化され、税率の調整も技術的な問題として扱われやすかっただろう。欧州諸国で付加価値税(VAT)が高率でありながら、廃止論がほとんど生じないのは、その一例である。
以上見てきたように、日本の消費税をめぐる混迷は、税率の水準や制度設計だけで説明できるものではない。「消費税」という名称のもとで、この税がどのように語られ、どのように可視化され、どのような政治過程に組み込まれてきたのかという、言説と運用の積み重ねが、国民の痛税感と政治的対立を増幅させてきたのである。
今後求められるのは、消費税が実際には付加価値に課される税であることを丁寧に位置づけ直すとともに、その負担が、単に個々人の不利益として受け止められるものではなく、社会を支え合う仕組みの一部であることを、粘り強く伝えていくことである。税率の多寡だけを争点化する不毛な減税競争から脱し、この税が何を支え、どのような社会を維持するための仕組みなのかを正面から共有する政治過程を再構築しなければならない。すなわち、経済活動の果実を分かち合い、それを社会保障の財源へと充てていくという、税の本質に即して正面から合意形成を諮ることこそが本来の道である。
税は制度であると同時に、政治的・社会的な文脈の中で構築される言説でもある。その言説の積み重ねが、税の受け止められ方を規定し、税をめぐる政治過程のあり方を形づくっていく。すなわち、税とは、社会が自らをどのように支えるかをめぐって形成される合意の表現にほかならない。消費税をめぐる議論を成熟させるためには、制度の中身と同時に、その名付けや見せ方、語られ方を含めた「税の政治」を問い直すことが求められているのではないだろうか。







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