大学医局の衰退と地域医療連携推進法人

地域医療連携推進法人がスタート

昨年4月より新制度である地域医療連携推進法人がスタートした。この制度は、2013年8月、社会保障制度改革国民会議報告書において提案されたものである。 その中で、医療法人等の間での競合を避け、地域における医療・介護サービスのネットワーク化を図るためには、当事者間の競争よりも協調が必要であり、その際、医療法人等が容易に再編・統合できるよう制度の見直しを行うことが求められた。

 

さらに、2014年1月、 産業競争力会議は「成長戦略進化のための今後の検討方針」の中で、複数の医療法人や社会福祉法人を統括し、一体的な経営を可能とする「非営利ホールディングカンパニー型法人制度(仮称)」を提案し、医療介護事業等を行う営利法人との緊密な連携、大学附属病院や国公立病院等の間での連携などが提案された。

 

 

岡山大学メディカルセンタ-構想

岡山大学はこれらの動きを受けていち早く対応し、岡山市内の複数の大病院を傘下におさめる「岡山大学メディカルセンタ-構想」を打ち上げた。この構想では、岡山大学病院が母体の大学から離れて別法人化するように、参加病院にはそれぞれの母系列を離れての加盟が求められたもようである。しかし、参加を呼びかけられた病院はこの点に躓き、取りまとめは難航した。
そして、現時点では申請には至っていない。

 

 

新法人は『地域医療を 維持できるように』

岡山大学の動きは早計であったと思われる。2014年6月27日の「医療法人の事業展開等に関する検討会」において日本医師会は、地域医療構想の下で医療機能の分化・連携を推進するため、非営利原則を堅持しつつ、地域の医療機関が有機的に連携できるよう「統括医療法人(仮称)」制度を提案。同年9月20日の日医ニュースでも、日本医師会 横倉義武会長は「非営利ホールディングカンパニー型法人制度(仮称)は、あくまでも非営利の原則を徹底すべき」と強調した。

新制度の設計は、その後、この医師会の意向に沿う形で進められたと考えられる。2017年2月15日のメディファクスで日本医師会横倉会長は、新法人について、「山間部やへき地で医療機関単独の運営が難しいところで『地域医療を 維持できるように』と努力して頂いている医師会が多い。そのようなところは、しっかりと取り組んでもらいたい。ただ、大病院が集約する形で大きな法人を作ろうという動きもある。そういうのは望ましくない」と説明。その上で「『地域医療をいかに守るか』という観点で取り組むことが一番重要だ」と述べている。

備後北部

この意向に沿ったものとして、同じ中国地方から、広島県の備北メディカルネットワークが新法人の認可を取り付けている。同地域の三次市では4病院の連絡協議会が作られた。病院連携に関する研修会の開催や連携ハンドブック の作成等を始めとして,病院間の医療連携が推進されてきており、新しい連携法人により医療従事者を確保・育成する仕組み作り、共同購買、共同研修の仕組み作りが始まるものと期待される。この備後北部の地域は過疎化、高齢化が進み、病院機能評価によると、2025年の必要病床数は現有から33%の減少が見込まれている。さらに病床の再編だけでなく、今後、新法人の機能を生かした病院の再編もあり得るであろう。

 

 

そして鳥取県東中部

さて、高齢化、過疎化が進行している地域といえば山陰である。島根県出雲市、鳥取県米子市にはそれぞれ医学部・附属病院があり、県境を越えて中国山地、兵庫県北部、隠岐の島をカバーしている。県庁所在地の鳥取市は大学のある米子市から遠く離れ、それだけに長年、医師、看護師、リハビリ療法士などの専門職の確保に苦しんできた。岡山大学の支援を受けていた鳥取市立病院も、8年前、内科医師が半減するという危機に見舞われた。   
そこで鳥取県東部の公立私立の病院の有志が集い、話し合うことになった。なぜ彼らは地域を去るのか。なぜ大学医局は地域に対する責任を放棄するのか。

その時の結論はこうであった。そんな理由を考えるよりも、今、取り組まなければならないことは、地域の多職種が互いに助け合うこと、互いに学ぶこと、そして、そのための仕組みを作ることではないかと。

 

 

「鳥取県東部中部圏域地域医療推進機構」

こうして智頭病院の院長 濱崎尚文先生の提唱により、CBM(Community Based Medicine)研究会がスタートし、2013年4月、「鳥取県東部中部圏域地域医療推進機構」が結成されたのである。そして鳥取市立病院では、少なくなった内科医の代わりに、歯科医師をはじめとする多職種による高齢者に対する地域支援緩和病床が動き始めた。今でいう地域包括ケア病床である。多職種が学ぶCBM研究会も活発で、病院間の相互医師派遣も小規模ながら進み始めた。これらの活動はやがて自治医大卒の中堅・若手の総合医たちの関心を寄せるところとなり、彼らは市立病院に総合診療科を立ち上げ、今では総合診療医が10名に及ばんとする勢いとなっている。

 

 

「鳥取県東部中部圏域地域医療推進機構」を新法人に

これらの実績を踏まえ、昨年、同機構が地域医療連携推進法人の認定を受けるための話し合いが開始された。しかし、「機構」の代表理事、市立病院顧問の重政千秋先生が病に倒れるという不運に見舞われた。それでも先生は新法人の構想に燃え、病を押して草案作りに邁進されたが、昨年7月、帰らぬ人となった。だが、瞼を拭えば、先生の遺影の向こうに地域医療の未来が見えている。

地域医療連携推進法人は、地域医療構想の下で、医療機能の分化・連携を推進することを目的とするが、実際のところ、地域医療に精通した総合医、あるいは、自立して地域で活動できる訪問看護師の人材は乏しい。まずは、これらの医療専門職を育てることから始めなければならない。岡山の構想が地域包括ケアを傍らにして専門医療を構想するものであれば、鳥取の試みは、生活支援的医療の実践を通して総合医、訪問看護師を養成し、地域包括ケアシステムの発展を支えることを念願するものである。

大学医局の衰退と地域医療の危機

ここで地域の医師不足の原因と考えられる「医局制度の衰退」について考えてみたい。医局制度の衰退は2004年の新医師臨床研修制度の発足に始まるが、各臨床系学会で整備されてきた学会専門医制度と連結して、「従来の医局制度」の中に身を置くよりも、高度の専門医資格を効率的に取得することのできる道を開くことになった。ここで「従来の医局制度」というのは、新医師臨床研修制度の発足以前のことで、その頃は、入局者のキャリアの過程には、地域の関連病院における勤務、大学での研究などの期間があって、専門医の技能習得は効率的ではなかったのである。

医局制度と臨床研修制度および専門医制度、これらの新旧の制度が並走する中で、地域医療にどのような影響をもたらしたのか考えてみたい。まず、医局は入局者の意向に反して関連病院の求めに応じることが難しくなり、その結果、地域の病院は人材を確保できず、また、都市への人材の流出も止められなくなったのである。確かに、従来の医局制度の下では、医師は大学病院などの高度専門医療機関で研修するとともに、また地域に出向して、小規模の病院で一般的な医療にも従事し、地域医療の経験を積んでいたのである。それがなくなれば、地域医療、地域包括ケアの実践を通して学び、これを担う医師は少なくなり、地域包括ケア全体における医師の役割は限られたものとなっていく。「病院の世紀の理論」の著者である猪飼周平氏は、医局衰退後の日本においては、広範な医療領域を、多職種連携によって担っていく必要があろうとの見通しを述べている。

 

 

新法人の一つの機能:「地域医局」

確かに、多職種連携は地域包括ケアの基本であり、個々の職種には新たな能力が求められる。その努力が無ければ、地域医療の質を担保できず、医療・介護全体のケアマネジメントも低迷することになるであろう。「大学医局」の衰退と医師の専門医志向がそのような事態を招くというなら、ここは、地域医療、地域包括ケアの現場でその役割を担う総合医を育てなければならない。いわば「地域医局」である。地域包括ケアを担う医師人材を育て、また、大学とも共同してフィールドワークを推進するのである。そして、「地域医局」のもう一つの重要な機能としては、人材派遣の能力を持つことである。地域での互助、共助としての人材派遣である。

来るべき「地域医療連携推進法人」にはそのような先駆的役割が期待される。

鳥取市立病院 名誉院長田中 紀章
昭和43年大学卒業後、平成8年から大学にて、がん医療、肝移植、再生医療、緩和医療分野で活動。その後、鳥取での勤務において高齢者医療・地域医療の問題に直面し、病院の組織改革に取り組んだ。現在は、鳥取と岡山の二つの介護施設で臨床に従事する。
昭和43年大学卒業後、平成8年から大学にて、がん医療、肝移植、再生医療、緩和医療分野で活動。その後、鳥取での勤務において高齢者医療・地域医療の問題に直面し、病院の組織改革に取り組んだ。現在は、鳥取と岡山の二つの介護施設で臨床に従事する。
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