

唯物論と二元論と言われる問題がある。唯物論とは、人間の自我は脳によって作られているのだから、脳が機能しなくなる、つまり死が訪れると自我は消滅し、無に帰するという考えだ。ちなみに仏教思想では、自我はなく(無我)、魂といえるものは、この世界には存在しない。故に死後も魂が残ることはない。そのため火葬も可能となる。一方で仏教以外のほとんどの宗教では、魂は身体とは別で(二元論)、身体が消滅しても、魂は身体から抜け出て存在を続けるという。このような場合、「火葬」は魂の帰るべき場所を無くすので、「土葬」が好まれる。しかし不思議なことに、特に宗教を信じていない多くの日本人も、魂の存在を前提として考える習慣がある。「お父さんは死んでもあなたを見守っている」「今の貴方を見るときっと悲しんでいるだろう」などと言うのは、魂の存在を前提としているからだろう。これらは日本古来のアミニズム(土着信仰)のためか、あるいは中国から伝えられた儒教の影響によるものか?
このように、日本人の精神構造を特徴づけるものの一つに、「二元的世界観」がある。すなわち、現実の世界とは別に「あの世」や「霊界」が存在し、人間の魂は死後もそこに存続するという直感的前提である。日本人のこのような発想は、葬儀や墓参り、祖先祭祀などの日常的な行為や、「天国から見守っている」「お盆には先祖が帰ってくる」といった素朴な言葉の中に自然に織り込まれている。このような文化は、生活習慣に深く根付いているため、本人が特定の宗教的信仰を自覚していなくても、二元的世界観を当然視している場合が多い。
しかし、二元的世界観は、日常的に多くの人が信じている唯物論的観点(科学的考え方)からすれば大きな矛盾を孕んでいる。唯物論では、すべての現象は物質に基づき、物質の変化や運動によって(因果関係によって)説明されるとする立場である。人間の「心」や「意識」もまた、脳という物質の働きの産物に過ぎず、身体の死とともに消滅する「はずだ」。したがって「魂が肉体を離れて存続する」という考え方には、一般的世界においては、理論的根拠は認められない。
二元的世界観の最大の問題は、それが多くの人が普段の生活で信じている考え方である、経験的・実証的な考えと相反する点にある。幽霊や霊界の存在は、文化的には広く信じられているように思われるが、科学的検証に持ち出されることはないし、そもそも大部分の日本人が疑わしく思っている。にもかかわらず日本人は、「死者が見守る」という観念を慰めや規範意識に結びつけてきた。これは心理的効果としては理解できる一方で、根拠なき「心の依存」ともいえるかもしれない。唯物論の立場から見れば、現実の問題解決や人間関係の改善を「あの世」に委ねることは、責任を回避する態度を助長するとも言える。
また、二元的世界観は「生」と「死」を分断することで、現実の生を十分に引き受ける姿勢を弱める危険がある。人間の死は意識の終焉であり、不可逆的である。それにもかかわらず「あの世がある」と想定することで、死の厳しさが曖昧にされ、人生を有限のものとして真剣に生きる倫理的覚悟が希薄になる。唯物論的視点からすれば、死は人間に「いまここをどう生きるか」を鋭く問いかける現実である。
とは言っても、多くの日本人や宗教心の強い人が「あの世」や「天国」を信じて、心の安らぎを得ていることに矛盾を言い立てる必要はないかもしれない。むしろ重要なのは、人それぞれが「死」をどのように受け止め、どのように生を全うするかである。死を唯物論的に「終わり」と考える人も、二元論的に「つながり」と考える人も、その選択が日々をより豊かに、誠実に生きる力になるならば、それ自体に価値がある。有限だからこそ輝く「いま」をどう生きるか、そこに死をめぐる多様な考え方が交わる場があるのではないだろうか。







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