ニセコからのリポート「ニセコで熊との共存を考える話」


「ニセコって熊出るの?」

ここ数年、北海道での熊による人への被害を伝える報道を多く目にするようになってきた。釣りや登山、山菜採りなどは北海道の自然を楽しめるポピュラーな体験なのだが、そうしたフィールドは熊との遭遇のリスクが高まる。熊と遭遇しないための有効な対策として山や森に入る時はこちらの存在を知らせる熊鈴やラジオをつけたり複数人で会話をしたりしながらの行動が呼びかけられている。だが、不意にバッタリと出合い頭で向かい合ってしまうこともあるだろう。最早その場面では熊鈴をかき鳴らしてもラジオの音量を上げても熊は逃げてくれないはずだ。もちろん死んだふりをしてもダメである。そうなった場合、一般には熊に背を見せずゆっくり後ずさりすると良い、とされているが何か勇気が出るような有効な武器や装備があればもっと心に備えが持てるのではないか。

ではどうするか・・・。

「ということで熊よけの撃退スプレーのレンタルをやってみたらどうかな」と、私はスタッフにいつものように思い付いたアイデアを言ってみたのだった。私自身も熊スプレーを持ってはいるが値段が高いと感じていたし購入する際にはかなり覚悟を要した気がする。しかも有効期限があって数年で使えなくなると思うとなかなか欲しいと思っても手が出ない人もいるんじゃないか、と以前から感じていた思いをスタッフに言ったところ反応も上々だったのだ。

「あ!それいいかもしれないですね。私も登山行く時借りたいかも」
「観光案内の時も熊についての問い合わせ関係が増えてきましたしね」
「実は自分も買おうと思って調べたら高くて諦めたことあります」
「買うほどじゃないけど借りられたらうれしいですよね」
と、やはりそれぞれの胸の内にも同じような思いを抱えていたようだ。

そうして2023年、遅ればせながら私たちはニセコ駅での「クマスプレーの貸出を開始します!」を実現させたのだった。

実はこれまでニセコはあまり熊がいないのでは、と何となく誤認識されてきた経緯がある。しかしニセコ町の公式HPの熊に関する情報を見て頂ければわかる通り、これまでに目撃された報告も数件掲載されている。改めてここに書くまでもないが生きている熊は移動する。そして今この瞬間も北海道内を移動している最中なのだ。これまでニセコでの熊の目撃情報がたまたま少なかったことが「ニセコには熊はいない」という風説になっていたこともあるだろう。だが実際にはいるのだ。と思っていた方が間違いない。というより熊は北海道のどこにいても不思議ではないのだ。札幌の市街地でも出没しているくらいである。

それでも幸いにも私の知る限りでは今のところニセコでの熊による人的被害を見聞きしたことはない。私自身も足跡さえ見た事はないので心の中では「ニセコには熊は少ないだろう」と勝手に油断してしまっている。

そして時は過ぎ2025年。クルマでお隣の倶知安町の国道5号線を走っていると気になるノボリ旗を見つけたのだ。なんと、とあるリサイクル店でも熊よけスプレーをレンタルしているようだ。これを見て私は思わず嬉しくなってしまった。こうして広く熊スプレーレンタルが普及してくれば、北海道の自然を楽しもうとする人たちの助けになるのではないかと思う。実際には取り越し苦労で終わることが多いのだがお守りを安くレンタルできれば安心できる人もいるのだ。

ちなみにこのスプレー自体には熊を殺める能力はない。唐辛子に含まれるカプサイシンなど熊の嫌がる成分を目や鼻に噴射して撃退するためのものだ。

素人の安易な想像かも知れないが、もしある熊がスプレーにより撃退された経験をし、「人間は恐ろしい毒を吐く」と学習したとしたら、やがて人を見て逃げるようになるその熊の姿を見た子熊もそれに習うようになるのではないか。そして徐々に市街地や人がいる畑から山奥へ遠ざかるようになれば良いと思うのだが、まぁ・・・実際はそんな簡単な話ではないのかもしれないが。されど多くの人がこのスプレーで安心を借りられるのは悪いことではないはずだ。

私の住むニセコ町の幼児センターでは毎年、子供たちの自然体験として年長のクマ組さんたちが登山に挑戦する行事がある。嬉しいことに、ニセコ駅でこの熊スプレーレンタルを開始してから引率の園長をはじめ先生方に携帯してもらうようになった。ニセコの子供たちのイベント協力なのでもちろん無料で貸出しているが、万が一にもクマ組さんたちが山で本物の熊さんに出会ってしまわないように心から願っている。


そして今年はニセコ小学校の高学年で「ニセコアンヌプリ登山遠足」が数年ぶりに復活し、無事開催されたのだ。教育関係者や保護者からニセコの子供たちにふるさとの山を登らせて欲しい、というリクエストが学校に多く寄せられての復活開催であった。ニセコで子育てをする人ならやはり子供たちに多くの自然体験をさせたいと思うのだろう。私も登山遠足の先導ガイドとしてお声が掛かり同行させていただいたのだが、ここぞとばかりに熊スプレーを携帯して行ったことはもちろん、引率の先生方の分も押し付けるように貸出したことは言うまでもない。登山をする子供たちやその保護者たちも「同行する大人たちが熊スプレーを持っている」という事実が少しでも安心感につながれば嬉しいことである。加えて「まず熊に出会わないように慎重に行動する」という大人たちの姿を、登山体験を通じてニセコの子どもたちに示していく機会になれば良いと思っている。こうした小さな取組みは取るに足らないことなのかもしれないが、熊の生息する北海道で人と熊の共存を考えていく上では必要な事なのではないだろうか。

皆様も、もしニセコエリアにきて自然体験をされる予定があればその前にニセコ駅に立ち寄り、熊よけスプレーレンタルの利用を検討してはいかがだろうか。身につけているだけで言い知れぬ安心感を得られるはずである。

ニセコ在住下田 伸一
1975年東京生まれ。就職氷河期世代で日本からの脱出を決意し海外渡航したが、日本の良さに気付き帰国。
2002年より二セコ町に移住し現在はアウトドア会社の経営とニセコリゾート観光協会の代表も務める。
趣味はスノースポーツ、アウトドア活動全般、読書、エッセイ執筆、犬の散歩
日本の社会問題では人口減少問題、地域創生、教育問題などに関心を持つ。妻、長男、次男、長女の5人家族。
1975年東京生まれ。就職氷河期世代で日本からの脱出を決意し海外渡航したが、日本の良さに気付き帰国。
2002年より二セコ町に移住し現在はアウトドア会社の経営とニセコリゾート観光協会の代表も務める。
趣味はスノースポーツ、アウトドア活動全般、読書、エッセイ執筆、犬の散歩
日本の社会問題では人口減少問題、地域創生、教育問題などに関心を持つ。妻、長男、次男、長女の5人家族。
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