

法務省が令和7年8月に公表した「外国人の受入れの基本的な在り方の検討のための論点整理(法務大臣勉強会)」を読み、考えさせられた。「外国人の受入れ」という言葉が政策文書に登場するたびに立ち止まって考える。それは、配置するのか、関係を結び直すのか。この問いは、単なる制度設計の技術論ではなく、私たちの社会のあり方そのものを問うものなのではないだろうか。
近年、日本では労働力不足を背景に、外国人材の受け入れが加速している。技能実習制度や特定技能制度の拡充、さらには新たな在留資格の検討など、制度的な整備は進んでいるように見える。しかし、その整備の速度に比して、「誰を、どのように迎えるのか」という根本的な問いは、十分に議論されているだろうか。制度の設計に先立って、私たち自身がどのような社会を望むのか。その根本を、問い直す必要はないだろうか。
「人材」から「人」へ—関係論的アプローチの提案
私自身、職場でともに働く外国人の同僚たちとの関わりを通じて、この問いの重要性を実感している。彼らは日本人と変わらず社会の一員として構成され、時には文化を調整して日本に適応し、時には私たちが彼らに合わせ、時には新しいルールを一緒に考える。そして何より、それぞれが明確な人生設計と将来への思いを持っている。特に印象的だったのは、ある同僚が「外国人としての意見を聞かれることが多いが、本当は一個人としての自分の意見を聞いてほしい」と語った瞬間だった。その言葉は、私たちがいかに「外国人」というカテゴリーで相手を見てしまいがちか、そして彼らがどれほど「一人の人」として関わりを求めているかを示していた。
政策文書には「必要な人材を、必要な分だけ」という言葉が並ぶ。その言葉の背後には、経済効率や人口統計がある。しかし、働く人の背後には、生活があり、夢があり、家族がある。誰かがこの国に来て働くということは、誰かがこの社会の一部になろうとしているということである。そのとき私たちは、「労働力」としてではなく、「人」として迎える準備ができているだろうか。制度整備は欠かせないが、それ以上に、関係性を築く覚悟が必要である。「必要な分だけ」ではなく、「共に生きるために」。この視点の転換が、今まさに求められているのではないだろうか。
ここで「関係論的アプローチ」という視点を考えてみたい。これは、制度づくりを中心に語られてきたこれまでの政策論とは異なる、新しい捉え方を示すものである。従来の外国人受け入れ政策は、制度設計と管理統制に重きを置き、移住者を政策の「対象」として扱い、いかに効率的に管理するかを議論の中心としてきた。これを「制度中心主義的アプローチ」と呼ぶならば、関係論的アプローチはその対極に位置づけられる。
関係論的アプローチは、三つの理論的支柱から構成される。第1に、多元性(Plurality)の理念である。台湾の初代デジタル担当大臣オードリー・タン(Audrey Tang)が提唱するこの概念は、「社会的差異を超えたコラボレーションのための技術」を意味する。外国人受け入れ政策においても、「対立を創造に変え、新たな可能性を生む」視点が必要である。単一の価値観に収束させるのではなく、多様性そのものを社会の創造的エネルギーとして活用する。第2に、承認の相互性である。ドイツの社会哲学者アクセル・ホネット(Axel Honneth)の承認理論から考えるなら、移住者と受入れ社会の構成員は、互いを承認し合う関係にある。一方的な「受け入れ」ではなく、相互的な「承認」こそが共生の基盤となる。第3に、コミュニケーション的合理性の重視である。ユルゲン・ハーバーマス(Jürgen Habermas)が提唱したこの概念は、技術的効率性よりも対話と理解を重視する。政策プロセスにおいて、異なる文化的背景を持つ人々の声に耳を傾け、対話的関係を築くことが重要になる。
制度の限界と人権の普遍性
技能実習制度や特定技能制度には、転職制限や生活支援の不備など多くの課題がある。これらは設計上の問題であると同時に、制度外に置かれた声の存在を示している。制度は人を守り、人を縛る二面性をもつ。「誰の権利が守られていないのか」を見つめ直す必要がある。人権は国籍や在留資格によって揺らぐものではない。「守るべき人がいるから制度がある」。この考えを基に制度設計を進めることが共生社会の第一歩である。
制度は境界を引き、誰が「内」で誰が「外」かを定める。しかし共生とは境界を越えて関係を築くことである。「制度の枠内にいるかどうか」ではなく、「関係を結べるかどうか」が共生の本質ではないだろうか。
変化への覚悟と地域の役割
「受け入れる」という言葉は一方的な響きがある。しかし本来それは関係性の始まりであり、私たち自身の変化の契機でもある。異なる文化を持つ人々と暮らすことは私たちの「当たり前」を揺さぶる。その揺らぎの中で「共にいる」とはどういうことかを問い直す。これがオードリー・タンの言う「対立を創造に変える」プロセスである。多様な背景を持つ人々との出会いは摩擦を生むが、その摩擦こそが創造性の源となる。多元性の視点からすれば、多様性は「管理すべき課題」ではなく「活用すべき資源」である。共生とは隣人として声をかけ、共に悩み、共に笑うことから始まる。変化を恐れず歓迎する社会でありたい。
制度は国が設計するが、共生は地域で育まれる。地域社会の役割は単なる「受け皿」ではなく、暮らしの中の相違や希望をすくい上げ、制度を超えて社会のかたちを変えていくことである。「国民の理解の促進」は政策文書によくあるが、理解は情報共有だけでは育たない。誰かの物語に触れ、心を動かされる経験の積み重ねである。恐れや偏見は知らなさから生まれる。教育や対話を通じて「知らなかったこと」を「知ってしまったこと」に変えていく必要がある。
制度の先にある社会のかたち
今後の制度設計で私たちは何を中心に据えるのか。経済か、効率か、それとも人の尊厳か。制度は未来への約束である。その約束が誰に向けられ、誰を取りこぼしているのかを問い続ける必要がある。この関係論的アプローチから現行制度を見直すとき、単なる制度改革を超えた社会変革を構想できる。オードリー・タン氏の言葉を借りれば、「世界はひとつの声に支配されるべきではない」のであり、「社会的差異を超えたコラボレーション」が真の共生社会への道筋となる。「受け入れる」とは誰かを迎えることだけではない。それは私たち自身が変わることへの覚悟であり、社会のかたちをともに創り直すことである。
参照文献
● 法務省入国管理局. (2023). 「外国人の受入れの基本的な在り方の検討のための論点整理(令和7年8月法務大臣勉強会)」. 法務省.https://www.moj.go.jp/isa/policies/others/05_001390_00001.html
● Tang, A. & Weyl, E. G.(2024)『Plurality: The Future of Collaborative Technology and Democracy』HarperCollins.
● Honneth, A.(1992)『The Struggle for Recognition: The Moral Grammar of Social Conflicts』Polity Press.
● Habermas, J.(1984)『The Theory of Communicative Action』Beacon Press.







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