私は、福祉の専門家ではない。岡山の片田舎で、引きこもり状態の若者の自立支援を行う「人おこし事業」を行っている事業家である。目指すのは、田舎の豊富な資源を活かし、引きこもり状態の若者が地域で自立し、希望を持って暮らせる環境作りだ。
2011年に総務省が取り組む「地域おこし協力隊」として、中国山地の奥地にある人口約700人の山あいの集落から活動を始めた。耕作放棄地の再生から移住促進や地域の特産品作り等、様々なことに取り組んできた。その中でも一際目立ったのが、単身者の移住促進を目指す「山村シェアハウス事業」である。空き家を共同生活ができるシェアハウスとして活用、単身者の若者が都市から田舎に入ってきやすい入り口を作った。20代の若者たちがこの山村シェアハウスに住み、草刈りや畑仕事など地域のアルバイトや農村歌舞伎など、地域おこしの活動に参加しながら、田舎での暮らしを始めた。2年間で市内に10名程の若者が増えた。
この山村シェアハウスを開設した当初、参加者たちの中に、引きこもり状態から抜け出そうとする若者がいた。彼はシェアハウスに一緒に住みながら、地域活動や地域のアルバイトを通じて自立に向けて動き出し、そして独り立ちできるようになった。
活動を続けていくうちに、口コミで、一人また一人と引きこもり状態の若者の入居希望の人数が増えてきたため、この事業化を決意。地域で若者が生き生きと暮らせる環境作りこそが地域おこし、と考え「人おこし事業」と命名した。田舎での様々な体験活動から就労支援まで、引きこもり状態の若者の自立支援を行なっている。地域の担い手不足の事業所に就職し、住まいを見つけ、定着した若者も出てくるようになり、現在では、年間110名ほどの若者が、県外から来てくれるようになった。
人おこしの参加者は、シェアハウスで暮らし、地域で活動することにより、入居から卒業までの間に、人とのコミュニケーションの密度や行動の総量が増えていく。
約2年間、自宅に引きこもり、顔を合わせるのは両親だけという状態だったY君は、母親の説得でシェアハウスに入居。少しずつ耕作放棄地の再生や特産品のキムチ作り、高齢者の困りごと支援などに取り組んでいく中で、高齢者に関わる仕事がしたいという思いが芽生えた。そこで農業アルバイトでお世話になっていた地域の方に声をかけて頂き、現在では地域の事業所で介護職に就いている。地域での様々な活動を通じ、「人から必要とされる経験」を積んだ結果だと思う。住まいは、美作市が持っていた雇用促進住宅につないだ。そしてY君は住まいと仕事だけでなく、地域や人おこし参加者の仲間まで得ることができた。
T君は、大学受験の失敗がきっかけとなり自宅で2年間ひきこもり状態であったが、父親の勧めでシェアハウスに入居。シェアハウス生活を始めて、様々な地域活動を通じ、自ら考え問題を解決する楽しさを経験した。中でも空き家を再生する活動に特に興味を持ち、将来的に建築に関わる仕事がしたいと思うようになった。そこで知り合いを通じ、地域の建設会社へ就職。新しく家も借りて住むことになり、彼女もできた。
いわゆる専門家ではない私たちが、引きこもり支援を行うことについて、当初は大きな懸念があった。一般的に行われている支援の多くの場合、引きこもり状態の若者は支援施設から支援施設へと移動し、いつまで経っても地域生活を営めていないと言われている。受け入れる地域側で引きこもり状態の若者が定着できる環境が整備できていないがために、「支援」から「生活」に移行できないことが壁となっているようだ。しかし、活動を通じて、引きこもり支援はいわゆる専門家でない私たちにもできることが多くあると確信できた。人は総合的な存在であり、人が生き生きと暮らすためには、住まいや食、趣味、仕事、仲間、家族など多面的なアプローチが必要である。また受け入れる地域側との多様な連携の上、組織や人材も必要である。分野を超えた制度活用も検討しなければならない。それらが私たちの山村シェアハウス事業では満たされており、結果につながっている。
田舎では急速な高齢化、担い手不足による多くの問題を抱えている。しかし、人おこし事業では、そうした地域で活動を行うからこそ、人から必要とされる経験を積むことができ、自尊感情を育むことができると思う。また、社会復帰のための擬似的な訓練ではなく、日々の生活のために、自ら汗をかき、自然に触れ、多くの人とコミュニケーションを取ることは、体と共に心も再生してくれるのではないだろうか。
まだ成功までは程遠いが、過疎地域に「ないもの」を探して嘆くのではなく、そこだから「あるもの」に目を向け、自立を支えるプログラムのさらなる成長と地域の活性化を目指したい。
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