身体障がい者とセクシュアリティ(3) ― 他国における障がい者のセクシュアリティ

私は現在、岡山県を中心に、身体障がい児者を支援する支援者や看護職を対象に、彼らが重度身体障がい児者のセクシュアリティに関してどのような考えを持ち、現場でどのような実践を行っているのかについてのアンケート調査を実施している。これまでのデータ収集過程で以下のようなコメントが寄せられている:
1.質問に回答することで、支援者自身が過去に受けたセクシャルハラスメントなどの辛い記憶を呼び起こしてしまう可能性があるのでは?
2.これまでこのようなことを考えたことがなかった
3.ケースバイケースで対応が異なる
4.この問題は障がい者だけにとどまらず、老人介護施設でもある。それによって退所になるほか、職員がセクシャルハラスメントを受けて辞めてしまうケースもある

これらのコメントからも明らかなように、日本では依然として、障がい者の恋愛や性に関して語られる機会が少なく、教育現場や福祉サービスの中でもこの話題に関する議論は限定的である。筆者の2020年の博士論文の中でも、支援者による「本人にそんなことを聞くのは失礼」「プライベートなこと」「支援者がどこまで介入してよいのか難しい」「支援する制度がないから」というコメントが多々見られた。このような理由もあり、結果的に“沈黙”が続いてきたといえるだろう。しかし、現場で戸惑ったり、傷ついたりしている当事者や支援者がいる限り、このセクシュアリティに関する課題は、当事者にとっても支援者にとっても、もはや見て見ぬふりが出来ないのではないだろうか?

世界性の健康学会(World Association for Sexual Health, WAS)は、「セクシャル・ジャスティス(性に関する正義)」を、すべての人が差別、恐怖、恥、スティグマなしに性の健康と権利を享受するために不可欠なものと定義している。この理念は、性の健康を人権の一部として位置づけ、特に抑圧され、周縁化され、差別されている人々に対する構造的な不平等と差別に取り組むだけでなく、性と性の健康に関する差別や暴力を助長するような社会規範、権力構造、制度、態度、偏見に挑戦し、社会における構造的な変革を求めている。また、国連の「障がい者の機会均等に関する標準規則」(標準規則第9条)では、障がいのある人々が自らのセクシュアリティにまつわる体験や他者と同等の性的な関係を持つ機会を否定されてはならず、立法及び適切なカウンセリングを通じて支援が提供されるべきであると強調している。

このような視点は、他国での障がい者とセクシュアリティに関する取り組みのいくつかにも見られている。筆者は、コロナ禍に障がい者とセクシュアリティに関する他国の取り組みというテーマで、いくつかの団体やセラピストとのオンラインインタビューを行った。本稿ではそれらの団体の中からイギリスとデンマークの事例を紹介する。

1.イギリス:Enhance the UKの取り組み
Enhance the UKは、障がい当事者によって運営されている慈善団体である。障がいに対する見方をより良いものにすることを目的に英国国内外の企業と協力し、Disability Awareness (障がいへの意識)研修の提供や、企業をインクルーシブにする為のサポートを行っている。障がい者とセクシュアリティに関しては「Undressing Disability」プロジェクトを通じ、「Disability and Sexual Expression(障がいと性の表現に関する)」研修やカンファレンス、ワークショップなどのイベント、オンラインでのパネルディスカッションや、性・恋愛・障がいに関する無料のアドバイスを提供する「Love Lounge」などを通じて、社会の障がい者に対する意識変革を促している。

2. デンマーク:人権に基づく政策枠組み
1998年施行のデンマーク社会サービス統合法では、身体的、精神的な障がいを持つ個人(以下、個人)も、他者と同様の基本的なニーズと権利を持っているという考え方をその価値観としている。この社会サービス統合法の目的は、身体的、精神的に障がいのある人々が可能な限り通常の生活を送れるようにすること、社会活動を通じた個人の生活体験の機会向上に貢献することであり、性に関する支援の提供も不可欠な課題と考えられている。

ここでは、社会省が2001年に出している「障害の有無にかかわらず―セクシュアリティに関するガイドブック」より、支援者の役割について紹介する。

1.多くの支援者は、当事者の性に関する指導や支援の提供に困難を感じるかもしれない。性の問題は自身の生活に密接に関わる課題であり、個人的な境界を越えてしまう可能性が高いからである。この課題について学ぶには、同僚とこの課題について話し合うことである。そうすることで法的な面、倫理的なジレンマ、この課題に関連するその他の問題について話すことが出来るだけでなく、支援者が自分自身、他者への態度や境界線に目を向けられるようになる。支援者はまた、研修やスーパービジョンなどの必要性を確認することも出来る。もし支援者が性に関する対話が難しいと感じる場合は外部からの支援を求めるという選択肢もある。
2.個人が恋愛生活や性生活について相談したり支援を求めることが出来ると感じられる環境と開放感を確立するためには、支援者は個人のプライバシーの尊重や、親しみやすい態度を示し、性に関する質問が出来るような環境を作ること、愛や性に関する質問を無視しない事、話したいというサインに気づくことが求められる。
3.支援者は、言葉や態度で拒否している個人や性への関心がない個人に対し、性の支援を強制することをしてはいけない。
4.個人が性に関する会話を始める際には、十分な時間を確保し、会話が途中で中断されないようにすること、最も親密な感情について語る際には、普段は表に出ない思考や感情が表面化することがあることを認識し、もし支援者が十分な時間が確保できないと気づいた場合、その個人が拒絶されたと感じないように、別の時間を設定すること。
5.個人が特定の支援者に相談することを選ぶ場合、それはその支援者に安心感を抱き、その問題に敬意と慎重さをもって取り組んでくれると感じているからであることを認識すること。その為、同程度の信頼を置けない別の支援者を紹介するのは困難となる場合がある。
6.支援者は決して自身の規範を他者に押し付けてはならない。その個人の置かれた状況、文化、宗教、希望、感情、境界線を支援者の出発点としなくてはいけない。
7.支援者は、個人の性に関する問題について支援を提供する準備をしておく必要があるが、職場から性に関する研修への参加を強制してはいけない。
8.性に関する研修に関しては、状況によって中立的な人物(日常生活の支援を行っていないもの)による指導や支援が倫理的・専門的に適切である場合がある。日常生活の支援を提供している支援者に性教育を行われることは、個人にとって非常に不快に感じられる可能性がある為、専門的な指導を提供できるより中立的な人物を活用することが望ましい。

以上、イギリスとデンマークの取り組みを短く紹介した。現在、この課題に取り組もうとしている支援者、悩んでいる支援者の方々に届けば幸いである。

障がい者へのセクシャル・ジャスティスの実現には、支援者の安全性を確保しつつ、支援者への教育、制度の整備、本人の意思を尊重する支援体制の構築が必要ではないだろうか。

ソシエタス総合研究所 研究員坂入 悦子
医療・福祉施設での勤務の後、ハワイ大学社会福祉学部に留学。その間、ドミニカ共和国で孤児院やコミュニティの子供達との活動を行う他、ハワイ自立生活支援センターで障害者やホームレスの支援にも携わる。またPlanned Parenthoodで学校やコミュニティでの性教育などにも携わる。ニュージーランド、国立オークランド大学教育・社会福祉学部博士課程卒業。研究テーマは身体障害者のセクシュアリティ。
医療・福祉施設での勤務の後、ハワイ大学社会福祉学部に留学。その間、ドミニカ共和国で孤児院やコミュニティの子供達との活動を行う他、ハワイ自立生活支援センターで障害者やホームレスの支援にも携わる。またPlanned Parenthoodで学校やコミュニティでの性教育などにも携わる。ニュージーランド、国立オークランド大学教育・社会福祉学部博士課程卒業。研究テーマは身体障害者のセクシュアリティ。
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