「信頼できない政府」に、期待する国民

日本では、政府に対する国民の信頼感は決して高くない。政治家や、官僚の不祥事、そして繰り返される場当たり的な頻繁に変わる政策運営によって、多くの国民が「政府は信用できない」と感じている。しかし興味深いのは、その一方で、災害や経済危機、パンデミックといった社会的危機が訪れるたびに、多くの人々が「政府の対応が遅い」「国が何とかすべきだ」と、政府に強く対策を求める点である。そして、地方自治体は自主的に事を起こすよりも、政府の支援を当てにしている。なぜ、日本人は信頼していない相手(図1)に、ここまで多くを期待するのだろうか。まるで、すねかじりの息子が親をバカにしながら、金をせびっているようだ。

現在のように、多くの財政支出あるいは減税を要求するなら、国からのサービスも縮小しなければならないが、それには反対するだろう。



(図1)政府の信頼度

OECD資料

OECDの資料によると、日本人はOECDの平均41%に対して、24%しか政府に対して肯定的な感情を持っていない。このような極めて信頼度の低い政府が成立しているのはなぜか? そして、国民及び野党が政府に過大な要求をしているのはなぜか?

理由はいろいろと考えられるが、最もそれらしい原因は、国民が自分たちの政府だという認識が無いせいだろう。国民が政府を作るには、アメリカのように移民が新しい土地で政府を作ること、あるいは、既存の政府を国民が革命によって打倒し、政府を作ること、それほど急進的ではなくても、国民各層が既存の政府に対して反対を行い、時には、政府を入れ替え、改良することなどが必要だ。

日本では、江戸期以前には、「国民」の意識もなかったし、まして、国政に参加する気も全く無かった。明治政府には、志のある一部の国民が参加したが、多くの国民は江戸時代までの「お上意識」から抜け出すことはなかった。1920年代には一部に政府に対する民衆の参加意識が高まった時期もあったが、1930年代からは軍部の政治に対する介入で、民衆の政治参加はなくなった。第二次大戦後には、これも国民の自主的な声による政府ではなく、民主的な政府であっても、所詮はアメリカ主導の政府であり、自分たちの政府であるとは到底言えなかった。政治に対して国民の声が反映されたのは確かだが、未だ政府を自分たちが作っているという感覚は芽生えていないように感じる。

結局、日本人は政府を「信じていないけれど、いないと困る存在」として扱い続けている。“まるで、信頼できない部下に重要な会議の資料を丸投げしておきながら、「お前には任せられない」と怒鳴る上司のように。”自分ではやらない。けれど相手には完璧を求める。もしかすると、私たちが政府に本当に求めているのは「信頼」ではなく、「責任転嫁先」なのかもしれない。


公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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