

日本における在留外国人数は377万人を超え、その数は年々増加しています(出入国在留管理庁,2025)。その背景には、日本の労働人口の減少と少子高齢化の急激な進行があります。外国人労働者は日本社会が必要とする人材として、日本の要請に基づいて主にアジア諸国からやってきます。彼らは日本の農業や漁業、中食産業や外食産業、介護や建設など多岐にわたって日本の経済を下支えしているのです。しかし、日本社会は彼らを地域社会の一員として、遇しているでしょうか。彼らにとって、日本は安心して生活できる場になっているのでしょうか。
私は、14年前に海外生活を終えて帰国した際、不在であった十数年の間に国内の外国人が劇的に増加していることに驚いたものです。彼らの置かれている状況が気になったのは、海外で苦労した自分の姿と重ね合わせただけでなく、その居住実態が不可視化されていたからでした。思い切って声をかけると、彼らが技能実習生であること、会社の提供する寮に集団で暮らしていること、日本語で苦労していることがわかりました。週6日、1日8時間以上の労働をこなす彼らは立派なフルタイム労働者です。しかしながら、勤務地と居住地は固定され、たとえどんな過疎地に住もうとも移動手段は自転車のみで、給与は最低賃金の時給制という低待遇でした。来日費用として多額の借金を負うことが常態化し、借金返済のために日常生活を切り詰めていることもわかりました(出身国によっても異なります)。
一方で、雇用者側にも多くの悩みがあることがわかったのです。技能実習生を雇うために住居を整備し、渡航費を負担し、入国1か月間の研修費用と生活費の負担などに加え、言語の壁による職場のストレスも大きいといいます。多様な人材を受け入れることによって創出される新たな価値以上に、生産性を重視する現場では技能実習生を費用対効果の側面から捉える傾向に陥ってしまうことに気づきました。こうした当事者間の葛藤に向き合い、調整役を担うのが監理団体の役目です。しかしながら、人間の複雑な心理や異文化間の調整役などに精通した人材が監理団体を運営しているわけではなく、原資を雇用企業に負っていることから、企業側に擦り寄って技能実習生を監督管理する方向に動いてしまいがちです。こうした背景が人権侵害を生む土壌を形成しているのです。
技能実習生を含む外国人労働者は日本社会におけるマイノリティ集団です。そして、当然ながら日本では日本人がマジョリティとなり多くの特権を有しています。このことをどれだけの日本人が意識しているでしょうか。日本人は日本にいる限り、基本的人権が保障され、働く場所も居住地も自分で選択し、いつどこで家族を形成するかの自由や行政に参画する権利を持っています。これは特権ではなく当然の権利だと考える人も多いでしょうが、この当然の権利を技能実習生は付与されていません。彼らはマジョリティである日本人が決めた枠の中でしか生活を営むことを許されないのです。来日を選択したのは当人なのだから仕方がない、と思われるかもしれませんが、日本の事情により人材を募集しているのは最初に述べた通りです。そのうえ、マイノリティの労働の上に成り立つ経済を享受しているのは間違いなく日本人なのです。自らの特権に無意識であることこそが人権侵害の温床につながっていることに気づかなくてはなりません。マイノリティの権利擁護の鍵を握るのは、マジョリティの意識と行動にあるのです(出口,2020)。
技能実習生は法律上、妊娠し出産する権利を持ち合わせていますが、実際には妊娠したら帰国を促されたり、中絶を勧められたりすることがあります。日本では労働マシンでなければ存在を許さない、という恐ろしいメッセージを技能実習生に発信し続けてきたのです。それを見過ごしてきた多くの日本人は、直接かかわらずともその身勝手な行為に加担しているといえるでしょう。なんと恥ずべきことでしょうか。
私が遭遇した広島県の孤立出産事件は、2件とも「妊娠したら帰国させられる」ことを恐れて、誰にも相談できなかった技能実習生によるものでした(岩下, 2024)。彼女たちが、どこかの時点で、妊娠しても働き続ける権利があることや出産を支援する団体とつながることができていたら、事件に発展することはなかったのでは、と何度も考えました。この反省をもとに、技能実習生の関係団体を訪問し、彼らの権利を守るための支援体制の在り方について検討してきました。すでに植え付けられた「妊娠=帰国」という多くの事実を払拭するには、全ての雇用主と監理団体がマジョリティとしての責任を持ち、法律を順守する姿を見せなければ、変革することはできないのです。
監理団体は、技能実習生の入国後1カ月の研修期間を任されていますが、労働上の権利や性にかかわる話を避けていることがわかりました。権利を主張されては困るので、あえて外部と技能実習生との接触を避ける団体さえありました。外国人としての分をわきまえろ、というマジョリティの特権を振りかざした傲慢といわざるを得ません。技能実習生を人として尊重できない監理団体には、その業を担う資格はありません。企業の中にも、雇用した技能実習生を支配する権利があるかのように考える人がいます。制度の不備が人間の傲慢を喚起し、上下関係が支配欲を刺激するのです。
しかし、研究の中で広島に外国人女性の妊娠問題を捨て置けないと行動する監理団体の存在があることにたどり着きました。すぐに話を伺いに出向いたところ、その団体は、入国時の研修で「妊娠SOS」の職員を招き講義を実施していることがわかりました。日本での避妊方法に始まり、妊娠した際の相談場所、出産に関する情報などについて通訳を交えてきっちりと指導の時間を取っていたのです。まさに、私が必要だと考えていたことを実施している団体に巡り合えたことは、感慨深いものでした。団体の会長は、「(性について語ることは)本当は誰もが重要なことと認識していると思います。ただ、面倒なのでしょう。外国人雇って、日本語勉強させて、それ以上にまだやるの、という思いでいっぱいなのですよ。」と制度を利用する企業や監理団体のゆとりのなさについて言及されました。
監理団体にそのゆとりがないのであれば、機構と行政が関与することもできるでしょう。そして、それ以上に、地域住民一人ひとりが技能実習生とかかわることで、安心して生活できる場所の提供ができるのではないでしょうか。現在、私は、監理団体に必ず女性支援員を置くことを必須とする権利擁護の仕組みを発信しています。それは、本研究で外国人女性支援に携わるアクターがすべて女性であることに基づいていますが、妊娠や出産における身体の変化は女性でしかわからないことがあるからです。もちろん、性教育に精通した人材を配置することは大前提です。そして、この女性支援員は監理団体の職員ではなく、機構もしくは行政から派遣されていることで第三者としての立場を担保する必要があります。
技能実習生をはじめとする外国人労働者に対し、マジョリティによる支援が不十分なのは述べてきたとおりです。身近に日本人がいるのに誰も手を貸してくれなければ、そこに誰もいない、もしくはすべてが敵であると思われても仕方のないことです。私たちにはその状況を変える力があり、変える義務があるのです。必要なのは、日本における情報を余すことなく伝え、そして技能実習生に選択させる仕組みです。いつ、どこで出産するのか、産休育休をどれだけとるのかを決めるのは、他でもない彼らなのです。外国人労働者が安心して日本で暮らし、家族を形成する権利を擁護するために、本研究を引き続き前進させてまいります。
本研究は、2024年度の橋本財団による福祉助成金によって実施されました。多くの女性支援団体とつながり、素晴らしい団体と出会い、研究を後押ししてくださったことに厚く感謝申し上げます。
参考文献
・岩下康子(2024)「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツについての一考察 ―技能実習生の乳児遺棄事件をもとに―」広島文教大学紀要第58号,pp.27-40
・出入国在留管理庁(2025)「令和6年末現在における在留外国人数について」 https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/13_00052.html.(2025/5/21参照)
・出口 真紀子(2020) 「マジョリティの特権を可視化する~差別を自分ごととしてとらえるために~」東京人権啓発企業連絡会,クローズアップ,https://www.jinken-net.com/close-up/20200701_1908.html.(2025/5/21参照)







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