ニセコからのリポート「雪国でのEVとガソリン車について」

「電気自動車?そんなもん、ニセコで走れるわけねぇべさ」

時は2020年秋。世間は相変わらずコロナで盛り上がっていたころだ。私も世間のご多分に漏れず商売に精を出すこともできずにいた。そうなると家で悶々と暇をつぶす日々を過ごす羽目になる。暇は人間を堕落と共に悪い方向に思考を拡大させるのか、兎角余計な事を考えがちである。そんな折、ニュースではガソリンの全国平均小売価格が何週も連続して値上がりしていることを伝えていた。そのニュースが心のどこかに引っかかっていたのと時を同じくして2010年に国内自動車メーカーがリリースしたEVが発売10周年を迎えたことを何かのネット記事で見たのだ。

その記事によると、10年前の発売当時は鳴り物入りで登場したEVであったが、どうやら世間では思ったほど普及しておらず、新車時の購入価格や航続距離に難があり手放すユーザーも多く、中古市場での値崩れも著しいのだという。特に雪の降る地域でのEV使用に対しては満場一致の低評価となっていた。完全なEVの敗戦色濃厚のムードである。

確かに私の周りでもEVに乗っている人などほとんど見当たらなかった。あえてこの町での目撃例を挙げるとすれば役場が「環境にやさしいクルマ」として邪な功名心から公用車に採用したEVが一台あるだけだった。

自動車修理工場に勤める知り合いにEVの評価ついて聞いてみても「あんなクルマ、夏でも100kmしか走れねぇのが冬に暖房でも点けたらどこにも行けねえぞ。しかも雪国でFF(前輪駆動)ってそんなもん、ニセコでまともに走れるわけねぇべや」とにべもなかった。

もちろん日本は資源のない国なので産油国からの原油価格が1バレルあたり100ドルを突破した、と言われれば「あぁそうですか」と従うしかないのだがこれだけガソリンの価格が上がるとさすがに移動需要が冷え込んでしまう。いわんや経済活動も冷え冷えとなる。ただでさえ当時はコロナ騒ぎで外出自粛中である。せめて気分転換のドライブくらいは気兼ねなくしたいものだ。

EVが雪国では役立たずと言われていることは十分理解したが、私の中でそれを上回るほど何とかならんかと思ってしまうのがガソリン価格の高騰だ。雪国の田舎なので車が生活に必要なのは間違いないが、高いガソリン代はなるべく払いたくない。そうなると財布にやさしい究極の低燃費は電気自動車ということになるのか。

その忸怩たる思いからたどり着くのは「本当にEVはニセコでは使えない乗り物なのだろうか」という抗い難い思考であった。

もし、ガソリンを全く必要とせずに車で移動が出来たらとても素晴らしいことなのではないだろうか。定番の「Co2削減効果についてのEV賛否論争」は脇に置いておいたとしても1円単位のガソリン価格の変動に一喜一憂する呪縛からは逃れられるのである。つまりそれは「明日からまた値上げするらしい」という噂から発生する駆け込み給油の行列に並ぶ必要もなくなるということを意味しているのだ。

もはや庶民にとって「EVは地球環境にとって本当にエコか?」の優先順位は二の次となる。重要なのは財布にとってエコノミ―かどうかなのだ。そうして私はとうとう禁断の「EV中古車検索」という魔の手に絡めとられてしまったのである。EVに対する酷評があることを知りながら、高い燃料費を払うぐらいならある程度の不便は我慢してみせるという覚悟にいつの間にか心が支配されてしまっていた。こんなことになったのも「コロナ暇」のせいである。暇は余計な思考と洗脳を生み出してしまうのだ。

そうして私は激安EV中古車検索のネットサーファーとして波から波へと乗り移り、ついに初代号と出会ったのだった。衝撃の安さに現物も見ることなくポチっと購入ボタンを押したのは検索をはじめてから間もなくのことだった。あの世間からの酷評と北海道での中古EVの取り扱いの少なさが私の中のEVに対する期待値を相当下げさせたことは言うまでもない。問合せた中古車店からは丁寧に車両の状態の説明を受けたが、何も期待していない車のバンパーに小さな擦り傷があってもなくてもそんなことはもうどっちでもいいしどうでもいい、という思いになっていた。

2025年3月現在、我が家には2代目となる国産EV車が年間を通じて活躍している。もちろん冬の雪道も問題なく走行できているのだ。私にとって初めてのEVとなった先代号は多くの感動と喜びをくれた。が、正直なところそれ以上に多くの試練と忍耐を心に刻み付けてくれたように思う。後継車となった現在の2代目のEVはバッテリー容量が先代の24kwから40kwに増えた新型となる。もちろんどちらも破格激安の中古車である。EVの中古市場はあの時の世間の酷評通り今もなお、お値打ちで世に出回っているだ。新車価格とは比べるべくもない。だがこの安さこそが哀愁であり、庶民の味方なのではないだろうか。

僭越ながらニセコでのEV使用について私なりに総括させてもらうならば「使い方さえ割り切れば精神衛生面でも経済面でもかなり魅力的な車である」ということだ。EVに乗ることで人ひとりがちょっと移動するだけの場面で貴重なガソリンを消費するストレスは一切なくなる。とはいえ、やはりここぞという時にはガソリン車のお出ましとなる。例えば冬に家族で旅行に行く時にはEVなど全く出る幕ではない。いくら私がEVの素晴らしさを宣伝してみせても本気のケンカではガソリン車の総合性能には敵わないのだ。特にこのニセコではここを間違うと大げさでなく命とりとなってしまうだろう。普段使いのアシとして片道100km程度の移動でガソリン車のみだと経済面では穏やかでいられなくなり、逆に過酷な環境の移動時にのんきにEVなんかに乗っていては命に係わるのだ。

それでも私は隠れEV信者でありたい。世間一般に言われるようないつものEVダメ出し議論の場面ではEVが如何に使えないかを不本意ながら同調して語り、一方ではEVに乗っている者同士にしか分かり合えない素晴らしさを大いに謳い合う。EV普及の是非ごときを巡っていがみ合う必要などないのである。「ガソリン車も大事、EV車も経済的」で良いではないか。と、この調子で暮らしているとたまにあるタイミングで周りの人たちからEVに関する質問攻めに会うことがある。そのタイミングとは恒例のガソリン価格の値上がりの時である。

「ニセコでEVって一回の充電でどれくらい走れるの?」
「自分が乗ってる40kwだと250kmくらい走れますよ」

「こんな雪国でも暖房とか点けてバッテリー持つの?」
「暖房点けたら10〜15%くらい走れる距離が短くなります」

「充電て何処でするの?高い?」
「基本的には家だけです。夜間電力で安く充電できますよ。札幌や千歳で充電する時は一回300円のところで急速充電してニセコまで帰って来れます」

「4WDじゃないのに大丈夫なの?」
「冬のニセコで5年乗ってますけどまぁまぁ大丈夫です。深雪登坂は全然ダメですけど」

「で、どうなの?おすすめ?」
「いやー、シャレの分かる人じゃないと厳しいですよ。お得ですけど」

「でもEV一択じゃダメなんでしょ?」
「はい。全然ダメです。セカンドカーの用途でしか絶対に無理です」

という具合だ。

私の暮らしているニセコ町は人口5000人の小さな町である。最近、特にこのコロナ禍以降であるが町内にEVが少しずつ普及しているように感じる。役場では新旧の2台、数件の外国人のご家庭でもアメリカのT社製のカッコいいモデルが乗られているようだ。そして一度だけ私の中の垂涎の的である90kwモデルで4WDタイプの国産EVを見た事があるのだ。おそらく北海道には数える程しか流通していないと思うがあれなら雪道も長距離もへっちゃらだろう。ただ悔しいかな、そういう車種はやはり高いのだ。

ガソリン価格が30年前の様に100円以下なら何も気にせずブンブンと乗り回せたことだろう。だが今は違う。ニセコのような過疎地からはいつかスタンドも遠のいていくのだ。今はまだいいが今後わざわざ隣の町まで行き給油に並んでまで高いガソリンを入れなきゃならないようになったらストレスは更にたまるだろう。中東やアメリカや日本政府の言いなりになってガソリン価格の高騰に泣き寝入りしながら生きていくのも不本意である。せめて自分1人の移動の時くらいガソリン要らずの「激安シャレEV」でこそこそと生きていきたいのだ。

「で?結局ニセコでEVはどうなんですか」
「電気自動車?そんなもんサイコーだぞ。ニセコで走れないわけねぇべさ」






ニセコ在住下田 伸一
1975年東京生まれ。就職氷河期世代で日本からの脱出を決意し海外渡航したが、日本の良さに気付き帰国。
2002年より二セコ町に移住し現在はアウトドア会社の経営とニセコリゾート観光協会の代表も務める。
趣味はスノースポーツ、アウトドア活動全般、読書、エッセイ執筆、犬の散歩
日本の社会問題では人口減少問題、地域創生、教育問題などに関心を持つ。妻、長男、次男、長女の5人家族。
1975年東京生まれ。就職氷河期世代で日本からの脱出を決意し海外渡航したが、日本の良さに気付き帰国。
2002年より二セコ町に移住し現在はアウトドア会社の経営とニセコリゾート観光協会の代表も務める。
趣味はスノースポーツ、アウトドア活動全般、読書、エッセイ執筆、犬の散歩
日本の社会問題では人口減少問題、地域創生、教育問題などに関心を持つ。妻、長男、次男、長女の5人家族。
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