「患者は働く」~第三期がん対策推進基本計画で社会はどう変わるのか?~

第三期がん対策推進基本計画(以下、基本計画)が平成29年(2017年)10月24日に閣議決定しました。6月2日にがん対策推進協議会(以下、協議会)での議論自体は終了していますから、そこから約5カ月。第二期基本計画の閣議決定が平成24年(2012年)6月8日であったことを考えれば、実に約4か月も遅れたことになります。

今回の基本計画は、以下の3つを柱に今後6年間のがん対策の方向性を定めたもので、「がんの撲滅」を目指しています。

①予防:科学的根拠に基づくがん予防・がん検診の充実
②治療・研究:がんの手術療法、放射線療法、薬物療法、免疫療法の充実
③共生:尊厳を持って安心して暮らせる社会の構築

では、「がん患者等の就労を含めた社会的な問題」は、第三期基本計画の中でどのような施策が盛り込まれたのでしょうか?そして、今後、医療や社会の中でどのような変化がおきてくることが期待されているのでしょうか?経緯をひもときながら整理をしてみましょう。

1.患者の声から始まった「がん患者等の就労を含めた社会的な問題」

第二期の基本計画から盛り込まれた「がん患者等の就労を含めた社会的な問題」ですが、もともとは、協議会の議事には入っていない項目でした。そこで、第二期基本計画の検討途中、複数の患者団体が連名で協議会へ議事として挙げることを要望、これが認められて議論され第二期基本計画に盛り込まれました。
患者の声と共に育まれてきた基本計画ですが、「がんと就労を含めた社会的な問題」は、そうした協議会の成り立ちを象徴する項目でもあります。そして、がん対策が社会にも広がった瞬間でした。

この第二期の基本計画では、どちらかと言えば医療機関の中での相談支援の強化や資源の活用が中心でした。例えば、働くことの専門家が医療機関の中で相談を受けたり、ハローワークが出張相談をする、様々な支援ツールができました。

新聞やテレビなどでも、がん患者の離職は大きく取り上げられ、話題になりました。しかし、実態はどうなったでしょうか? 第二期基本計画から5年が経過した今日でも、「3~4人に1人が診断後に離職をする」という状況は改善されていません。これは、私たちの団体が行った2010年と2016年の調査結果を比べても、また静岡がんセンターが行った2003年と2013年の患者実態調査を比較しても同様です。そのため、更に強化をすることや抜本的な改革を進めていくことが求められました。

2.第三期基本計画の考え方 ~縦糸と横糸を重ねて考えることが大切~

第三期基本計画を読み解くとき、一つ注意をしたい点があります。それは、関係する項目だけを読めば全てが分かるという構造にはなっていない、ということです。例えば、「就労」を読むとき、「がん患者等の就労を含めた社会的な問題」だけを読めばいいというわけではありません。

今期の基本計画には、縦糸と横糸があります。縦糸は前述の「予防」、「治療・研究」、「共生」という3つの柱が、横糸には「小児から高齢者までのライフステージ」、「医療機関から地域への広がり」、「人材育成・研究推進」という横断的な取り組みが重なります。この縦糸と横糸を重ねた時、初めて第三期基本計画が目指すものと対策が浮かび上がってくるのです。

 

 

図1 第三期がん対策推進基本計画(概要)

 

 

図2 縦糸と横糸の考え方

では、「就労を含めた社会的な問題」は第二期と比べて、どのような変化が起きたのでしょうか。これを簡単に整理したものが以下の図3になります。

 

 

図3 第三期基本計画 就労に関する取り組みの概要

(1)地域や企業を巻き込んだ支援へ

第二期基本計画から一歩進んだ事項としては、医療機関だけではなく、患者の生活の場となる「企業や社会」での取り組みへと、一歩踏み込んだ取り組みが書き込まれたことがあります。これには、2016年12月に改正された「がん対策基本法」の改正で、「社会的環境整備」という言葉が刻まれたことや、内閣府による「働き方改革実行計画」も影響しています。

地域の中には、産業保健総合支援センターやハローワーク(公共職業安定所)、職業訓練校、若者サポートステーションなど、たくさんの就労支援資源が存在しています。しかし、それらの資源は、「点」として存在するだけでは何も始まらず、必要とする人と「線」でつないでいくことが重要です。そこで、基本計画では、両立支援コーディネイターの育成やガイドラインの作成なども盛り込まれています。

一方、企業にとって、がん患者雇用への配慮は投資になります。そうした「投資」を、予防・健診の段階から展開しやすくするために、助成金や表彰制度、健康経営、大人のがん教育(社会教育)といった「好循環」を生み出す仕組み作りも計画されています。これからは、子育て支援での仕組みが好循環に結び付いたように、病気に対しても同じような企業側の意識改革を応援する仕組みが、次々と起こってくるでしょう。

(2)医療機関では相談支援の充実、支持療法の徹底、アピアランスケアを

がん治療の進歩によって生存率が向上する一方、患者は様々な副作用や後遺症など、身体の悩みを抱えています。また、外来が中心になったがんの診療体制の変化により、看護師や薬剤師からの指導や、同じ仲間と出会う機会も少なくなり、副作用への対処が重要になっています。

私たちの調査でも分かるように離職の背景として、副作用や後遺症などの医学的課題は大きく影響しています(図4)。そして、その結果としてのメンタルの低下も起きています。生活者としての患者にもっと興味を持ち、アピアランスケアを含めた支持療法を徹底することやメンタルの支援を行うことが、医療機関には求められます。

 

 

図4 就労に影響を及ぼした事項
出典:キャンサーソリューションズ株式会社「がんと就労調査:当事者編2016年調査(N=300人)」

 

 

個人的には、傷病手当金の改革について言及されたことも、大きな一歩だと思っています。これは、「がん」だけではなく、難病など他の疾患の患者においても、「柔軟な働き方」を支える選択肢の一つとなるでしょう。

(3)個人事業主の支援は保留のまま

一方で課題もあります。それは非正規雇用の問題と個人事業主の問題です。このうち、非正規雇用については、働き方改革実行計画(内閣府)によって変化することが期待されています。しかしながら、個人事業主の就労支援については、協議会でも何回か指摘をしましたが、文言の記載には至りませんでした。
働き手の約3割は個人事業主です。がん罹患は経営や融資など取引条件にも影響を及ぼすことは明らかですから、この課題を解決することが求められます。

3.キャンサー・サバイバーシップ ~就労を「含めた」社会的支援が大切~

今、就労の問題は大きく取り上げられていますが、忘れてならないのは、「就労を含めた社会的支援」であるということです。

世界のがん医療は、キャンサー・サバイバーシップ。つまり、治療だけではなく、診断後のより充実した「生」のあり方にも目が向けられています。

今回の就労をきっかけに、社会生活者としての患者にも視点が拡がること、そして、がんから難病など他の疾病にも「社会の中で生きる」ことの大切さが拡がること。そして、就労以外の問題にも光が当たることを強く希望します。

それこそが、「がんになっても安心して暮らせる社会の構築」です。就労支援をブームに終わらせるのではなく、社会的側面や診断後の人生の質にも着目した「サバイバーシップ支援」をしていくことがますます大切になっていくでしょう。

 

 

図5 社会環境の整備

以上

キャンサー・ソリューションズ株式会社 代表取締役社長桜井 なおみ
東京生まれ。大学で都市計画を学んだ後、卒業後はコンサルティング会社にて、都市整備や環境学習、費用対効果検証・ガイドライン作成、各種博覧会の企画などの業務に従事。2004年、30代で乳がん罹患後は、働き盛りで罹患した自らのがん経験や社会経験を活かし、小児、AYA世代を含めたがん患者・家族の支援活動を開始、現在に至る。
NPO法人HOPEプロジェクト理事長、一般社団法人CSRプロジェクト代表理事、キャンサーソリューションズ㈱代表取締役社長。社会福祉士、精神保健福祉士、技術士(建設部門)、産業カウンセラー。第21回人間力大賞会頭特別賞など。
東京生まれ。大学で都市計画を学んだ後、卒業後はコンサルティング会社にて、都市整備や環境学習、費用対効果検証・ガイドライン作成、各種博覧会の企画などの業務に従事。2004年、30代で乳がん罹患後は、働き盛りで罹患した自らのがん経験や社会経験を活かし、小児、AYA世代を含めたがん患者・家族の支援活動を開始、現在に至る。
NPO法人HOPEプロジェクト理事長、一般社団法人CSRプロジェクト代表理事、キャンサーソリューションズ㈱代表取締役社長。社会福祉士、精神保健福祉士、技術士(建設部門)、産業カウンセラー。第21回人間力大賞会頭特別賞など。
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