Opinions第1回エッセイ募集「子どもとSNS」受賞作品

子どもとSNS

  学校教員 金田 栞 (34歳)


「お子様にスマホを持たせる――SNSを利用させる際は、ご家庭の責任でお願いします」

中学校の入学式――期待と不安に満ちた表情をする生徒らとともに、おおよその保護者が一堂に会するこの佳き日、学年代表は、ひとしきりの形式的な挨拶と併せて、必ずこの言葉を告げている。

今や学校では「SNSに触れないように」という指導は行わない。私の目の前を無邪気に駆け回る子ども達は、『Instagram』でバズったアイテムを親に強請り、『X』に流れてきた情報を元に不確実な推論を投げ合う。廊下に集まっては『TikTok』で習得したダンスを踊り、帰宅すれば『LINE』の通知音が鳴り止むことはないという。「スマホを持たせてもらっていない」とぼやく面々も、パソコンや携帯ゲーム機を利用して『YouTube』を楽しんでいる。今やSNSは、子ども達にとって、日常生活の中においても欠かせないコンテンツであり、重要なコミュニケーションツールなのだ。

「SNSとどのように関わるか」――それが、今日のSNSにおける課題であると、誰もが口を揃えて訴える。だからこそ学校では、貴重な授業時間を削ってでも生徒達を体育館に集め、「ネットトラブル防止講座」を設ける。気軽に「誰か」と繋がることができるSNSの特性を危惧して、「ネットで知り合った人と直接会ってはいけません」「知らない人と関わってはいけません」と、その危険性を何度も訴える。まだまだ自律の難しい思春期の葛藤に寄り添いつつも、「依存性があります」「時間を守って使いましょう」と指導する。SNSとの「関わり方」を主軸に構成された講座の内容は、すべて正しい指摘であり、特に異論はない。

しかし、SNS利用にあたっての懸念事項は、目に見えるトラブルのみに留まらないのではないかと、私は考えている。

携帯端末の普及により『電子メール』のやり取りが容易に行われるようになった頃――当時中学生だった私達は、今日の子ども達と同じく、携帯電話の使用上の注意点を何度も指導されていた。そんな中、「昨今の中学生の、文章力・語彙力の低下の顕著さ」を、国語科の教師であった担任が嘆いていたことがある。大人達の目を盗んで行われてきた『交換日記』や『手紙交換』によって鍛えられた文章力・語彙力は今や見る影もなく、手書きの文字で自分の思いや考えを綴ることに難儀する生徒が非常に増えたという。

そして今日、SNSの急速な普及が進むことで、チャット形式での会話――リアルタイムでの単語の応酬が、『電子メール』よりもさらに容易に可能となった。表情はおろか、声色による感情の表出すら窺えない状態での『会話』が、SNS上で手軽に成立する。時には【言葉】を選ばずとも、【スタンプ】を用いることで、自身の感情に近しいニュアンスを伝えることができてしまう。愛の告白すらも、今やSNS上で行われることが主流、特段の非礼にもあたらないというから驚きだ。【言葉】を駆使することなくコミュニケーションが成り立つようになった結果、子ども達の文章力・語彙力の低下に拍車がかかったことは、火を見るよりも明らかである。

「【言葉】というものは、受け手がどのように感じるかが肝要であるから、慎重に使いなさい」――子ども同士の諍いが起きた時、私達大人はこのような指導をすることが多々ある。そんな時、かつては暴言・暴論をぶつけ合い、すっきりするまで思いを吐き出していたものだが、昨今の時世はそれを許さない。問題解決のために、互いの思いをぶつけさせることよりも、お互いの妥協点を探すことで、適度な距離感を保った人間関係の成立に結び付けさせていくことが求められるようになっている。互いを傷つけないように、自分に非がないように――と、慎重に【言葉】を選ぶようになった結果、いつしか子ども達は、トラブルを回避するために過剰な意見交流を避け、自分の内面をさらけ出すことを厭い、【言葉】の多用を避けるようになった。

「誰かが傷つくような言葉遣いをしてはいけない」などという当たり前の事柄は、言動に反映されているかどうかはさておき、誰もが知っていることである。その上で、精緻な感情を伝えようと思えば、【言葉】を駆使したコミュニケーションは必要不可欠だ。そこで、SNSという単簡なコミュニケーションツールは、「自分も相手も傷つかない範囲内で、当面ソツなく関われる程度の思いが伝わればいい」という、子ども達の絶妙なニーズを叶えてしまったのである。そして今日、子ども達の多くは、その繊細な【言葉】の機微に重きを置いてはいない。学校という場に身を置き、集団生活において様々な経験をする中で、「子ども達が自分の思いや考えを的確に伝えられるようになってほしい」と、切に願う大人達からすれば、なんと皮肉なことであろうか。

私は今、あの時の先生と同じ憂いを抱えながら、また、その解決の一助となることを期待されながら、日々教壇に立っている。



受賞作品Opinionsエッセイ
Opinionsエッセイで受賞された作品を掲載しています。
Opinionsエッセイで受賞された作品を掲載しています。
  • 社会福祉法人敬友会 理事長、医学博士 橋本 俊明の記事一覧
  • ゲストライターの記事一覧
  • インタビューの記事一覧

Recently Popular最近よく読まれている記事

もっと記事を見る

Writer ライター