最近売り出しのドイツの哲学者、マルクス・ガブリエルの『考えるという感覚/思考の意味』によると、AIが人間の知能に取って代わることはない、いわゆるシンギュラリティ(人工知能(AI)が人間の知能を超える時点)は到来しないと言っています。なぜなら、人間の膨大な知識をAIに移し、なおかつ、外界のものを認識できるような、いわば車の自動運転より、はるかに高度なシステムを人間に装着し、それに伴う認知システムは人間と同じ様なものを作ったとしても、人間の感情を表現すること、あるいはクオリア(※1)を作り上げること、人が「身体」から受ける刺激によって行動を変えること、さらには、神経を伝達しない、血液やリンパを通って脳に影響を及ぼす、いろいろな体液の影響は伝えることが出来ないからです。つまり、AIに関する脳と類似するものは、機能的な仕組みは出来るけれど、感情は持てないだろうし、感情がなくて、ミスター・スポックのように仕事ができるのか(ミスター・スポックとは、スター・トレックに出てくる感情に左右されない宇宙船エンタープライズの乗組員)と問いかけています。なぜなら、ヒューム(※2)の言うように、人間は理性で行動するのでなく、所詮は感情の奴隷であること、感情が行動を主として左右することから考えると、やはり、AIには人間の代役は無理だからです。
はたして、AIに感情なくして人間のような認識に基づく判断は可能かどうか? それについては、認識論的な立場から述べると、まず対象とするもの(認識の対象)は、本来本質があり(プラトンで言えばイディアがあること)、その本質的な状態を認識することを問題にする、つまり、誤って認識するか、本質通り正しく認識するかによって違いが出てくるとすれば、認識方法の一つとしてAIが登場し、人間よりも感情に流されず、正しく認識できる可能性が出て来ると考えます。しかし、本当に本質はあるのでしょうか? この疑問は永久に解くことは出来ません。なぜなら、本質を見極めることが出来るのは超越的な立場にいる神のみだからです。そうすると認識がうまく出来たかどうかの判定は結果から判断するしかないことになります。
これに対して存在論的立場からは、対象の存在に対しては違った見解を持ちます。人によって対象が異なるように感じた場合、ミスター・スポックのような人物と、あなたのような人物とでは、同じものを見ても、あなたはそこに感情が入ったり、体の調子で認識が左右されたり(体液が脳を動かすこと)にすることによって、ミスター・スポックとは、異なるように感じるでしょう。本質が分からないとすれば、それぞれの認識の違いをどのように取り扱えばよいのか? 感情を入れないほうが、人間の世界ではうまくいくのでしょうか?
実はこの様な違った認識を認めたうえで、その取り扱い方によって、「進化」がもたらされるのです。人類にとって「進化」は不可欠です。本質を見てそれに対する一定の認識をAIのように固定すると、正しい答えは一つとなり、それは普通の陳腐な考えに帰着するのです(ただしその答えも本質とは限りません。単なる習慣かもしれないのです)。ユニークな考えに基づく「進化」は、本質を前もって見ることが出来る世界では出現することはありません。
同じように何らかの問題に対してどのように行動したら良いのかを考える場合、行動案が3つ提案されたとします。どの案も良さそうで同じ様な有効性を持つとすれば、いくら考えても解決できません。つまり、本質はわからないということです。認識すべき対象に対して、本質が一つでなく、多数あると想定する場合、認識すべき対象は結局どうなるのでしょうか?認識する過程は自分の世界と綿密に関連しています。AIでの認識がすべて一致する場合、すべての人の世界も同じになるでしょう。このような世界を、私達は果たして受け入れることが出来るのでしょうか?
進化論的立場からも、本質を見定めて行動するのでなく、結果的にうまくいかなかったこと、あるいはうまくいったことなど、異なる行動をとった後に、より良い行動が生物の「進化」に役立つ、適者生存の立場が発生するのです。同様に、人間の普通の行動においても、反省を加え、より良い行動を工夫することが、最初から正解を狙った行動より良い結果を生むでしょう。
(※1)クオリア:意識に現れる「感覚的な質」や「感じ」を指す。例えば、りんごの赤味、香水の香りなど。
(※2)ヒューム:18世紀のスコットランドの哲学者。経験論で有名。
Opinionsエッセイの記事を見る
東沖 和季の記事を見る
下田 伸一の記事を見る
宇梶 正の記事を見る
大谷 航介の記事を見る
東 大史の記事を見る
池松 俊哉の記事を見る
研究助成 成果報告の記事を見る
小林 天音の記事を見る
秋谷 進の記事を見る
坂本 誠の記事を見る
Auroraの記事を見る
竹村 仁量の記事を見る
長谷井 嬢の記事を見る
Karki Shyam Kumar (カルキ シャム クマル)の記事を見る
小林 智子の記事を見る
Opinions編集部の記事を見る
渡口 将生の記事を見る
ゆきの記事を見る
馬場 拓郎の記事を見る
ジョワキンの記事を見る
Andi Holik Ramdani(アンディ ホリック ラムダニ)の記事を見る
Waode Hanifah Istiqomah(ワオデ ハニファー イスティコマー)の記事を見る
芦田 航大の記事を見る
岡﨑 広樹の記事を見る
カーン エムディ マムンの記事を見る
板垣 岳人の記事を見る
蘇 暁辰(Xiaochen Su)の記事を見る
斉藤 善久の記事を見る
阿部プッシェル 薫の記事を見る
黒部 麻子の記事を見る
田尻 潤子の記事を見る
シャイカ・サレム・アル・ダヘリの記事を見る
散木洞人の記事を見る
パク ミンジョンの記事を見る
澤田まりあ、山形萌花、山領珊南の記事を見る
藤田 定司の記事を見る
橘 里香サニヤの記事を見る
坂入 悦子の記事を見る
山下裕司の記事を見る
Niklas Holzapfel ホルツ アッペル ニクラスの記事を見る
Emre・Ekici エムレ・エキジの記事を見る
岡山県国際団体協議会の記事を見る
東條 光彦の記事を見る
田村 和夫の記事を見る
相川 真穂の記事を見る
松村 道郎の記事を見る
加藤 侑子の記事を見る
竹島 潤の記事を見る
五十嵐 直敬の記事を見る
橋本俊明・秋吉湖音の記事を見る
菊池 洋勝の記事を見る
江崎 康弘の記事を見る
秋吉 湖音の記事を見る
足立 伸也の記事を見る
安留 義孝の記事を見る
田村 拓の記事を見る
湯浅 典子の記事を見る
山下 誠矢の記事を見る
池尻 達紀の記事を見る
堂野 博之の記事を見る
金 明中の記事を見る
畑山 博の記事を見る
妹尾 昌俊の記事を見る
中元 啓太郎の記事を見る
井上 登紀子の記事を見る
松田 郁乃の記事を見る
アイシェ・ウルグン・ソゼン Ayse Ilgin Sozenの記事を見る
久川 春菜の記事を見る
森分 志学の記事を見る
三村 喜久雄の記事を見る
黒木 洋一郎の記事を見る
河津 泉の記事を見る
林 直樹の記事を見る
安藤希代子の記事を見る
佐野俊二の記事を見る
江田 加代子の記事を見る
阪井 ひとみ・永松千恵 の記事を見る
上野 千鶴子 の記事を見る
鷲見 学の記事を見る
藤原(旧姓:川上)智貴の記事を見る
正高信男の記事を見る
大坂巌の記事を見る
上田 諭の記事を見る
宮村孝博の記事を見る
松本芳也・淳子夫妻の記事を見る
中山 遼の記事を見る
多田羅竜平の記事を見る
多田伸志の記事を見る
中川和子の記事を見る
小田 陽彦の記事を見る
岩垣博己・堀井城一朗・矢野 平の記事を見る
田中 共子の記事を見る
石田篤史の記事を見る
松山幸弘の記事を見る
舟橋 弘晃の記事を見る
浅野 直の記事を見る
鍵本忠尚の記事を見る
北中淳子の記事を見る
片山英樹の記事を見る
松岡克朗の記事を見る
青木康嘉の記事を見る
岩垣博己・長谷川利路・中島正勝の記事を見る
水野文一郎の記事を見る
石原 達也の記事を見る
野村泰介の記事を見る
神林 龍の記事を見る
橋本 健二の記事を見る
林 伸旨の記事を見る
渡辺嗣郎(わたなべ しろう)の記事を見る
横井 篤文の記事を見る
ドクターXの記事を見る
藤井裕也の記事を見る
桜井 なおみの記事を見る
菅波 茂の記事を見る
五島 朋幸の記事を見る
髙田 浩一の記事を見る
かえる ちからの記事を見る
慎 泰俊の記事を見る
三好 祐也の記事を見る
板野 聡の記事を見る
目黒 道生の記事を見る
足立 誠司の記事を見る
池井戸 高志の記事を見る
池田 出水の記事を見る
松岡 順治の記事を見る
田中 紀章の記事を見る
齋藤 信也の記事を見る
橋本 俊明の記事を見る