Opinions第1回エッセイ募集「子どもとSNS」受賞作品

「内」から自分を守る

団体職員 阿部松代(58歳)

先日、職場でのこと。隣席の同僚の携帯が鳴った。携帯を手に席を立った彼女が戻ってくると、ちょっと浮かない顔。聞けば、小学校六年生になる娘さんがクラスの男子からSNSで悪口を言われているという担任の先生からの連絡だったと話す。
「先生が管理不行き届きだったと謝るんですケド、今の時代、よくあることですよね」
携帯をしまい、何事もなかったかのようにパソコンに向き合う同僚の強さに感心していると、独り言のようにつぶやいた。
「先生に謝られたら先生のせいにしてしまう。こんなの娘が強くならないと解決しない」

同僚の「母」の顔に、小学六年生だった頃のことを思い出した。

当時はインターネットも携帯もない時代。コミュニケ―ションを取るには、直接話すか家の電話、手紙くらいのものだった。そんななか、クラスの女子の間ではやっていたのが交換日記。仲良しグループ内で一人ずつ順番に日記を書いて次の人に回すというもの。

ある日の休み時間、私は担任の先生に呼ばれた。教卓の前にクラスメイト三人が浮かない顔をして立っている。先生は、私に一冊のノートを見せた。それは、その三人の交換日記で、私の悪口がたくさん書かれていたのだ。先生はノートを偶然見つけたと言い、話し合って解決した方がいいというのだ。

悪口は、私が八方美人だというものだった。先生は、なぜこのようなことを書いたのか三人を問いただすが、回答らしい回答はなく、私も気持ちを聞かれたが、特にトラブルがあったわけではないので、どう答えていいかわからない。ただ、図星だったのに加え、身に覚えのないことまで面白おかしく書かれていたのもショックで泣いてしまうと、三人は驚き、「軽くふざけた気持ちもあった。そんなに傷つくとは思わなかった」と何度も謝った。

先生が言った。
「これからは交換日記に悪口は書かないこと。言いたいことがあれば本人に直接言うこと」

そして、授業が始まると、先生は開口一番、名前を伏せつつ交換日記の件を持ち出した。
「今後は、影での悪口は禁止にします。言うなら本人に直接伝えて話し合うこと」

私は自分が絡んでいただけに居心地が悪く、なによりクラスメイトから陰口を叩かれていたという事実に落ち込んだ。それも一番見抜かれたくない八方美人の一面。人に迎合してでも私は人から好かれたかった。人気者になれば親が喜んでくれると思っていたのだ。

帰宅後、私の様子がおかしいことに気づいた母に聞かれ、隠しきれずに話した。
「でも、これからはルールができたから大丈夫だよ」と言うと、母は首を横に振った。

「禁止したら解決するというものじゃない。先生が二十四時間、クラスの全員に張り付いて監視することはできないでしょ」
それもそうだと思っていると、母が言った。
「あなたが強くなればいい。誰が何を言おうが気にしなくなれるといいね」
我慢強くなると頷くと、また首を横に振る。
「強くなるって、我が道を行くことだよ」

そして言われた。
「みんなから好かれようと思って行動していたら自分を見失ってしまう。我が道を歩んでいれば、自然と自分にとって大切な人が集まってくるもの。そんな生き方をしてほしい」

母は、私が人に迎合しがちなことを心配していたのだ。そして、人気者になってほしいとは思っていないのを知り、肩の力が抜けた。

以後、ひとの目がそれほど気にならなくなった。少しずつまわりではなく自分を見て行動できるようになった。

あれから約半世紀、インターネットが普及し、スマホやメール、ラインが当たり前になった。便利になる一方、監視の目が届きにくいネット社会。その進化にルールが追いつかなくなっているのを感じる。SNSに規制を入れても、それを超える抜け道で問題は起こり続けるだろう。

昔の常識や大人の考えでは通用しない今の子どもの世界。SNSとの付き合い方を子どもにどう伝えるのか、あの三人から言われた言葉がよみがえる。

「そんなに傷つくとは思わなかった」

子どもの想像力は限られている。もっと実際にSNSで起きた悲惨なトラブルを子どもたちにできるだけ伝えていけたらいいだろう。

そして、母の言葉がよみがえる。
「我が道を行くこと」

まわりを傷つけることからも、自らが傷つくことからも、自分を守れるのは自分。子どもを外からではなく内から守れる環境を社会が整えていけたら、と思う。

午後五時半、終業時間になった。
「今晩は、娘とトンカツでも食べようかな」 
そう笑って帰っていく同僚を見ながら、心のSNSで娘さんにエールを送った。

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