「売春合法化で治安改善」の嘘

あるインフルエンサーは、「セックスビジネスを合法化したオランダで、治安が圧倒的に良くなった」と語る。本当にそうだろうか。数字を見てみよう。

オランダで売春が合法化されたのは2000年である。犯罪率が低下したのは2005年からで、相関は確認できない。選択的抽出、というものがある。研究者も陥りがちな認知の歪みだ。
「売春を合法化したことで、治安は良くなった筈だ」と決めつけ、結論ありきで根拠を逆算する。結果として事実を歪めてしまう。

1985年、スウェーデンでは売春が禁止された。売買春に関しては北欧で最も保守的だ。結果として売春・誘拐・人身売買は大幅に減少した。(*1)「売買春の法規制が却って、セックスワーカーへの暴力に繋がる」と言う人もいる。少なくとも、スウェーデンの政府報告書(2010年)は、それを否定している。ストックホルム大学の博士学生マックス・ウォルトマンは、セックスワーカーの3分の2が「PTSDのベトナム帰還兵、拷問やレイプの被害者相当」の心的外傷後ストレス基準を満たしていると指摘する。

ドイツの事例も見てみよう。2001年、ドイツはセックスワークを合法化した。しかし虐待や性的な人身売買は終わっておらず、社会問題として議論される。セックスワーク合法化によって供給が飽和した。賃金は下がり、労働基準の劣悪な店も出てきた。「The road to hell is paved with good intentions.=地獄への道は善意で舗装されている」というヨーロッパのことわざだ。まさにそれを体現してしまった。ドイツは「セックスワークイズワーク!」や「性産業も立派な仕事だ」と印象のいい言葉を並べた。結果として環境が悪化した。ドイツの性産業合法化は「ポン引きへの補助金プログラム」と批判されることもある。(*2)ドイツで売春をして働く少女と女性の 65 ~ 80 パーセントは海外から来ている。ルーマニアとブルガリアからの移民だ。

「自分の部屋と専用の風呂があり、客の人数は少ないと思っていました」と当事者。「私はブルガリアかルーマニアの故郷でネットサーフィンをしていて、ドイツの売春宿で働けばかなりのお金を稼げることに気づきました。そして、バスのチケットを自分で購入し、自分の意思でクラブに来ました。」売春宿のブローカーは、セックスワーカーが警察に伝える文章を用意しているのだ。警察官は同じ文章を何回も聞いている。実際は3人で1つのベッドに寝て、最低限の外出しか許されず、避妊具を勝手に外す客もいる。供給過剰によって安くなった給料から、下宿代と食事代が差し引かれる。「自分だけの部屋と専用の浴室、少ない客」は、幻想だった。幸いなことにセックスワーカーは大半が移民で、ドイツの政治に意見を言うのが難しい。彼女たちの声は届かない。その代わりに「自由に職業を選択し、自立した売春婦」という印象だけが一人歩きする。

政治家たちは「社会保険制度に加入し、地元の貯蓄銀行に口座を持っている」という「立派な売春婦」の幻想に囚われている。「立派な売春婦」ばかりマスメディアに出るから、すし詰め状態で寝て、自由もなく、ほとんどクラブハウスに監禁されている売春婦なんて、存在しないことになっている。存在を指摘すればたちまち、差別主義者と謗られる。資本主義経済の社会において、本当に「差別をなくすため」に、行われる政策は少ない。(残念ながら社会主義においても同じだろう)「差別をなくすため」の実情は、性産業から圧力を受けていたり、利権のためだったりする。利潤を求める私企業が、圧力団体によってロビイング活動をし、政治にも手を伸ばすのだから、当然そうなる。

売買春の合法化によって、ルーマニアとブルガリアからの人身売買は、爆発的に増えた。導入から5年後、ドイツは、この法律を評価した。規制緩和は「売春婦の社会的範囲に測定可能な実際の改善をもたらさなかった」「この法律が犯罪を減少させたという確固たる証拠はこれまでのところ存在していない」と述べている。労働条件も、職業を辞める能力も改善されていなかった。

「セックスワーク合法化で、労働環境が改善される」と言う人もいる。しかし裁判所は、賃金を求めて訴訟を起こした売春婦を、ほとんど無視した。合法化後に雇用契約を結んだ女性は、全体の1パーセントのみである。ある売春宿経営者は、「この法律は売春婦よりも売春宿経営者にとって有利だった」と語る。多くの人がトラウマを抱えている。売春婦は一般人口よりもはるかに高い割合でうつ病、不安障害、依存症に苦しんでいる。にもかかわらず教授たちは、売買春の合法化を支持している。「机と現実の壁」とでも呼ぼうか。アカデミックと市井の現実の乖離が甚だしい。

オランダ政府は現在、人身売買と強制売春の増加に対抗するために法律を強化する計画を立てている。薬物中毒者が増えているためだ。警察は、売春婦の50~90%が、自発的にこの職業に就いていないと推定している。日本も他人事ではない。「覚醒剤は違法だから、アルコール依存症になりましょう」という意見は変だと分かる。「性犯罪は駄目だから風俗に行きましょう」は、なぜか罷り通っている。薬物や酒への依存症には治療が必要だ。同様に、性依存症への対処も、治療であるはずだ。所得格差は拡がり続ける。貧困は深刻さを増し、「売買春の合法化を!」という声が高まるだろう。しかし、熱狂の中にあってこそ、冷静に見極めなければならない。欧州の道を見つめなければならない。新自由主義と規制緩和の大きな流れの中で、抵抗は虚しく退けられるかもしれない。それでも日本の治安が悪化しないことと、女性の尊厳が守られることを心より祈念している。


(*1 )Prostitution Ban Huge Success in Sweden / criminalizing the customers

(*2 )How Legalizing Prostitution Has Failed

 

ペンネーム東沖 和季
2003年埼玉県生まれ。エッセイや川柳、俳句や自由律俳句、詩や評論など様々な形式で執筆。文章系の公募には、見境なく応募する。
趣味は公募、散歩、読書、YouTube視聴、句作や俳句批評など。
単純労働が人工知能によって置換される未来を恐れ、少しずつ文章を書きはじめた。
2003年埼玉県生まれ。エッセイや川柳、俳句や自由律俳句、詩や評論など様々な形式で執筆。文章系の公募には、見境なく応募する。
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単純労働が人工知能によって置換される未来を恐れ、少しずつ文章を書きはじめた。
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