第二次大戦後の世界は、ナチスドイツのあまりに非道な、そして、誇大妄想的な考えに対して、自由民主主義あるいは共産主義双方が、一定の理想を掲げて行動すること、そして、その根本には人道主義があることを前提としていた(ただしこれは建前であり、必ずしも現実はそうではなかった)。この体制は、その間に共産主義の崩壊はあったが、現在まで80年間(1945―2025)続いた。80年間の間に世界経済は大きく成長し、それに伴って世界人口も増加し、未だに貧しい一部の地域はあるものの、全体としては豊かになったといえる。その中でも、1945年の大戦終了後からソ連崩壊の1991年までの約45年間は、東西の冷戦はあったが、東西どちらの陣営も、一定の信念のもとに世界をどの様な考えで統治するのかについての争いだった。1991年のソ連崩壊後、政治学者のフランシス・フクヤマは、『歴史の終わり』の中で、資本主義に基づく自由民主主義の勝利を宣言し、世界は究極の統治状態を獲得し、政治形態に関する争いは収束に向かうと考えた。
しかし、この予測は大きく外れた。つまり、拠り所になる自由思想、あるいは平等思想に対抗するものがなくなり、目標を失ったのだ。理念を欠いた集団は、国家単位あるいは個人単位に関わらず、自己利益に走るようになる。各国国内でもメリトクラシー(能力主義)が幅を利かせるようになり、一部の生活補助的な国家の役割は残るにしても、格差は広がり、信じられないような資産を作り上げる富豪が出現した。そして(驚くべきことに)大きな格差が容認されるようになったのだ。
この時代には、自由平等思想という政治的理念の代わりに、地球温暖化あるいはDEI(多様性、平等、包括性)という理念が全面に出てきた。これらの理念は、先進国知識層においては歓迎されたが、途上国では生活自体の確保が優先され、十分に受け入れられたとは言えない。さらには、先進国の中でも、格差のために、取り残された低所得者を中心として、地球温暖化防止あるいはDEIという理念に必ずしも賛同できない人々の集団は大きくなった。いわゆる大卒知識層を中心とした、これら新しい理念を信仰していく流れは反転し、格差拡大によって、貧困にあえぐ先進国労働者層や途上国の大半の人の賛同を得ることが出来なくなっていった。
指導者が知識層を基盤にして政権を維持している場合はともかくとして、指導者が一般大衆の支持を基にした場合、地球温暖化あるいはDEIに「反対」する考えは、途上国では簡単に選挙での支持を得ることが出来る。先進国においても、建前に満足していなかった多くの人が、反理念的な現実重視に走り、長期的な考えよりも目の前の利得に沿った主張を行い、それが民主主義の仕組みを巧みに使う、いわゆるポピュリストに有利に働いた。この様なポピュリストが率いる国では、理念は失われ、目先の利害が国内政治あるいは、国際関係においても優先される。先進国でポピュリストの典型例はアメリカのトランプ政権であり、途上国においても、ロシア、中国、インドなど大半の国に見られる。
この狭間に立たされたのは、日本やヨーロッパ諸国である。これらの国の一般的な性格は共通している。いずれも資源を持たず、国際協調によってのみ、国が成り立つものである。同時に、これらの国の共通点は、理念的なあるいは習慣的な制度を取る国なので、政権の国内基盤は決して強くないが、国内の格差は少なく、選ばれた政権はさほどポピュリズム的ではないことだ。これに対抗するのが、現在のロシアとアメリカだ。国が自立するためには(貿易の縮小を容認できるのは)、エネルギーと食料が不可欠であるが、この両国はそれを満たしている。これらの国の専横的な行動に対して、日本を始めヨーロッパ諸国は苦しい立場に立たされている。この機会にこそ、国民の理念(自由平等思想や環境保護)が試される時なのである。
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