末期の肝臓がんが見つかってから約2ケ月が経過した108号室の下川様。家族の希望でがんの告知はしておらず、今後の生活についての話し合いもできない状態だ。そこで主治医に依頼して、告知に反対している家族と話し合いを持った。
主治医から告知する意義を聴いた家族は「ここにきて母に会うたびに、体調が悪い・身体が怠い、と言われ苦しかったです。ちゃんと向き合わないといけないのですね。母に感謝の気持ちを伝えないと後悔しますね。」とおっしゃったが「それでも心配です。母が病気を受け止めきれず、そのことで余計に寿命を縮めたら、と思うと不安で不安で・・・」
すると増野リーダーが「大丈夫ですよ。先生も私たち介護スタッフも傍にいます」と頼もしく言ってくれた。
家族間でも話し合いをして告知をすることとなったのは2週間後の9月の終わり。私も同席が許された。
主治医からは病名・予測される症状の説明があり、治癒は難しくて、あまり時間がないことも告げられた。下川様は息を飲みしばらくは固まったようになっていたが、最後まで説明を聞かれた。
説明後は体が震え「やっぱり・・よくない病気だと思っていたわ・・」と言ったきり声にならない。その間、娘様がずっと手を握り背中を擦っていた。しばらくして「苦しいことや痛いことが無いようにしてください」とおっしゃり、主治医は「任せてください。苦痛が無いようにすることは医師の仕事です」と力強く言って下さったので、下川様も娘様も少し安心したような表情になった。医師の一言って大きい!
主治医の説明は午前中で終わったが、娘様はずっと下川様のお部屋にいらっしゃる。私は様子が気になり15時の勤務時間が終了しても落ち着かない。増野リーダーに「大丈夫よ。娘様にお任せしておきなさい。私も気にしておくし、今日の夜勤者にもちゃんと申し送るから」と言われ帰宅することにした。明日、17時からは6回目の夜勤日だ。何だか今夜は眠れそうにない。
今まで何人かの肉親の死を看取ったが、本人への告知に立ち会ったのは初めてだ。肉親の多くは病気で倒れて、意識が戻ることなく亡くなったので告知をするタイミングは無かった。
ただ、妹を亡くした時のことは今でも後悔している。体調不良で入院して20日ほどで亡くなってしまった。診断・治療と進む中で、いつ告知するか迷っていた時に急変し、あっけなく逝ってしまった。最期の言葉を聞くことなく逝ってしまい、残された家族は悲しみと後悔で何年たっても癒されることが無い。
命の限りを宣言されたのだ。怖くないはずが無い。辛いだろうが、娘様をはじめご家族と話をすることで、いろいろなことを決めて安心していただきたいし、娘様も後悔がないようにと祈るばかりだ。
下川様のことを考えたり、亡くなった妹のことを思っているうちに眠れない夜が明けた。
17時からの夜勤に備えて少し眠ろう。
「潜入レポ!介護の現場から」全体像
*介護施設にパート職員として潜入した池田出水。そこで見聞きしたことから現場の問題を表現していく。職員の様子・入居者や家族の様子・ケアの状況・往診医や、時には受診の付き添いなどでの病院の様子など、レポートは多岐にわたる。
*登場人物
介護の現場体験者:池田出水
介護施設にパート(月曜~金曜の11時~15時)として入社。頻回コールで職員の中では問題になっている山田様の部屋を仕事終わりに尋ね、話をするようになる。コールは物忘れをする不安が一因にあると分かり対策を打ち出す。また、夜間職員にベッドを蹴られるという事実も判明した。山田様との話の中で身体拘束を疑い、夜間の様子を何としても知りたくなり、入社2ヶ月が近づく頃に夜勤(月に2回)をすることに決めた。身体拘束は山田様が以前居た施設でのことと分かり、山田様は過去のトラウマに悩まされ、そのことが頻回コールの一因でもあったことが分かった。
入社2ヶ月を過ぎ、山田様との会話の中から認知症に対する差別があるのではと感じ、認知症の勉強に意欲も燃やす。
施設責任者(施設長):渡辺
日々、忙しそうで相談事ができる様子はない。
パートの先輩:大村
目の前の仕事をこなすことで精いっぱい。面倒なことには巻き込まれたくない??
常勤ヘルパー(リーダー):若林
ぶっきらぼうで怒りっぽい。しかし自分の間違いは素直に認め、向上心も持っている
共感してくれる職員(もう一人のリーダー):増野
池田出水の行動をよく見ており、いつも冷静で公平な判断をしていて正義感が強い。
虐待疑惑職員:吉田
202号室入居者:山田
頻回にコールを押され職員間では問題となっている。
202号室入居者家族:娘
203号室入居者
308号室入居者:朝山
106号室入居者:岩井
108号室入居者:下川
108号室入居者家族:娘
常勤職員
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