日本では高齢化社会が進行する中、介護分野での外国人労働者の需要が高まっている。多くの外国人介護士がEPAや技能実習制度、特定技能制度を通じて来日し、日本の介護施設で働いている。このような背景の下、私は「岡山県における外国人介護士の職場や地域での経験」をテーマに、外国人介護士が岡山県の介護施設や地域でどのような経験をしているのか、また、彼(彼女)らを取り巻く人々が外国人介護士との間でどのような経験をし、どのような課題を抱えているのかを探る調査を行った。外国人介護士とその周囲の人々の声を聞く調査はまだ少なく、岡山県において行われたインタビュー調査はこの調査が初めてである。
ここでは、その中から外国人介護士が職場で経験したポジティブな事例の中の一部を紹介し、そこから学べることや、職場環境に関する提言を行う。なお、外国人介護士へのインタビューは、基本的には通訳をつけて、本人が自分の気持ちを自分の言葉でうまく伝えられるように彼らの母国語で行った。
1.職場でのポジティブな経験
具体例1:同僚や利用者からのコミュニケーション面における支援
日本語や方言がわからない場合、同僚や上司が丁寧に説明している様子や、利用者さんからも教えてもらっている様子が多く見られた。
【ケース1】
(外国人介護士A):全然分かんないですので、岡山弁があるんじゃないですか。利用者が昔の話とか全然分からなくて、同じ職場のスタッフとか聞いたりしてて、だんだん覚えるようになって、分かるように。
(インタビュアー):きれいな日本語とは違いますよね、岡山弁ね。
(外国人介護士A):教科書で勉強したの、全然違うので。
【ケース2】
(外国人介護士B):そうですね。分からない言葉とか言われたら先輩に聞いています…利用者さんも教えてくれます。外国の人で分かっている方もおられますので、「分からないか」と言って説明してくれるんですね。
(インタビュアー):利用者さんは優しいですか?
(外国人介護士B):優しいです。
学校で勉強した日本語は標準語だったが、実際に介護の現場で触れ合う利用者さんが使用している言葉は古い言葉や岡山弁を使用しており、コミュニケーションに困難さを感じていたが、同僚や利用者のサポートを得ながら少しずつ分からない言葉を覚えていったケースが多数報告されていた。このように、外国人介護士は、日本語の方言や古い表現に対する理解が不足している状況で、先輩や同僚、利用者からの助けを通じて日本語の能力を向上させている。これにより、言語面での困難が少しずつ取り除かれ、職場でのコミュニケーション能力が向上していた。
具体例2:柔軟な休暇制度
柔軟な休暇取得制度のおかげで外国人介護士が長期休暇を取得し、母国で家族と時間を過ごすことが出来た様子も見られた。
【ケース1】
(外国人介護士C):お休みをこないだも…2カ月休みもらって帰った…長く来てから1回も帰ってなかったので、帰りたいって言われたら、しっかり親と時間を過ごしてくださいって言って、もう長い休みもらいましたので、何か緊急の場合もお休みをして、休みに代えてもらえるんですので。
(インタビュアー):そういうのが助かりますね…他の所だと1週間も休めないとかね。
(外国人介護士C):そうですね…他の私の友達でも言ったらびっくりしたのです。ほぼ2カ月もお休みもらって帰れましたので。
Cさんはコロナ禍もあり、ここ数年ほど母国に帰ることが出来ないでいたが、長期休暇を貰うことで家族と過ごすことができ、施設側が提示してくれた柔軟な休暇制度に感謝していた。また他にも3カ月前に職場に伝えておくことで、最短2週間、最長1カ月の休暇取得が可能という施設もあった。このような柔軟な長期休暇取得制度は外国人介護士に母国で家族と過ごす機会を提供し、彼らの精神面を支え、仕事への意欲が高まる結果に繋がっていた。
具体例3:職場での様々な研修やリーダーシップを取る機会の存在
職場のリーダーとしての講習を受ける事でリーダーとして責任のあるポジションに就いている様子も見られた。
【ケース1】リーダーシップを取る機会の存在
(外国人介護士D):ちなみに今、私がリーダーとして…。
(インタビュアー):リーダーなんですね。もしかして..指導もされているんですか…。
(外国人介護士D):はい、指導しています。
(インタビュアー):介護のやり方とかも指導していますか。
(外国人介護士D):はい。時々日本人の新人職員さんも指導しています。
(インタビュアー):すごいですね。もう何年目からそのようなお仕事をするようになったのですか。
(外国人介護士D):前、研修を受けてからそういう役割を持って指導しているのですが、前は中堅講習とかリーダーとして働くためにこういう研修を受けないといけないよっていうのも受けました。
ここでは主にリーダー研修を紹介しているが、日本語研修を設けている施設で更なる日本語能力向上を目指している外国人介護士や、認知症対応の研修がとても役に立ったと話す外国人介護士もいた。このように様々な研修は外国人介護士がケアスキルを向上させ、新たな役割を担うためのスキルや知識を習得する重要な機会となっていた。特に、リーダー研修は、彼らが責任あるポジションにステップアップするための足がかりを提供しているだけでなく、そのような機会が与えられるということが彼らの仕事へのモチベーションにもなっていた。
2.職場におけるポジティブな事例の考察
以上、職場におけるポジティブな事例として3件ほどを紹介した。マリオン・ヤングの「構造的不正義」によると、外国人介護士が直面する言葉や文化の壁は、個人の努力だけでは解消しにくい構造的な課題と考えられるが、この3つの事例にもあるように
(1)同僚や利用者によるコミュニケーションへの手助けが、言語能力の向上をもたらしたり(2)施設の柔軟な休暇制度により外国人介護士が母国の家族と過ごす時間を確保出来ることで、精神的な安定が計られたり(3)様々な研修機会やリーダーシップを取る機会が、個人の成長とキャリア形成に役立つなど、外国人介護士を取り巻く関係者がその構造的不正義に対して何らかの行動を起こした事で、外国人介護士にポジティブな経験をもたらすことを可能にしたことが明らかであった。これらのことから、職場における提言として以下の3つを挙げる。
3.職場における提言
1.日本語支援の充実:方言や古い表現を学ぶ機会を提供し、外国人介護士がよりスムーズにコミュニケーションを取れるよう支援する。
2.柔軟な長期休暇制度:柔軟な休暇制度を提供し、外国人労働者が安心して働ける環境を整備する。(この長期休暇を支える日本人介護士への処遇の検討も含めて)
3.研修の充実とリーダーシップを取る機会の構築:外国人介護士が責任ある役割にステップアップできるよう、職場内でのキャリアパスを明確にし、様々な研修などを含め継続的なスキルアップの機会を提供する。
外国人介護士が職場にやって来ることは、これまで見過ごされてきた構造的な課題を明らかにし、関係者全員がその課題を考え、行動を起こすきっかけになるのではないだろうか。そして最後に、職場における外国人介護士のポジティブな経験は、彼らが単なる労働力ではなく、職場にとって重要な「仲間」として受け入れられることの重要さを示していると考える。
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