ウィリアム・ラゾニックは『略奪される企業価値』で次のように述べている。1970年代以降、アメリカの富裕層は、労働者の貢献によって創造された企業価値を「抽出」する行動を強化している。「抽出」とは、企業から価値を略奪することである。結果的に、アメリカでは1970年代から、継続的に上がっている労働生産性の伸びに、賃金が追いつかず、大幅な遅れを取るようになっている。
(図1)
ウィリアム・ラゾニック『略奪される企業価値』より
第二次大戦後の数十年間、賃金が伸びたのは、大企業の「内部留保と再投資」の資産配分と、「終身雇用」慣行にあった。これが崩れたのは、「内部留保と再投資」の体制から「削減と分配」の資産配分に移行したからである。「削減と分配」の体制では、それまで内部留保していた資金を、「配当と自社株買い」によって株主に分配するものである。結果的に、2008年から2017年までの10年間で上場しているアメリカの大企業は、純利益の53%を自社株買いと、同じく純利益の41%の配当(合計94%)を株主に支払った。内部留保は大幅に減少したのである。一般に、株式市場は企業へ資金を供給する場であるとの認識があるが、現在はそうはなっていない。むしろ、企業から価値を抽出(略奪)する場となっている。
このような、資本市場は売り手にも利益をもたらす。つまり、経営陣である。経営陣は会社の業績を引き上げるように努力するし、そうすべきである。しかし、近年の経営陣に対する報酬の80%程度は、ストック・オプションやストックアワードのような、株式の相場に連動する報酬となっている。結果的には、アメリカの経営陣と株主とは同じように企業から価値を抽出(略奪)する側に立つようになり、経営者は一般労働者の300倍以上の報酬を得ている。
(図2)
HRガバナンス・リーダーズ株式会社による
(図2)のグラフからは、日本のCEOの平均報酬額が2022年に2.2億円で、その大半が基本報酬であるのに対して、アメリカでは2022年には31.3億円の報酬を得て、その内訳も大部分がストック・オプションやストックアワードなどになっている。
2000年代より、日本もアメリカの風潮と同じように、「会社は株主のものであり、会社の目的は株主価値を最大限引き上げるようにすること」と考える人が多くなった。この考えに対して、ウィリアム・ラゾニック等は『略奪される企業価値』の中で、「会社は、一般国民、労働者、株主」などいわゆるステークホルダーと呼ばれる関係者全員のものであると述べている。ラゾニックによると、アメリカでは1980年代の規制緩和によって、それまでの、企業価値を「創造」するような株式市場に対して、それ以降は、企業価値を「略奪」するようになったという。その結果、企業の内部留保は乏しくなり、新規投資も難しくなる。同時に、労働者への賃金も抑制され、雇用は不安定となった。
企業の資産を持っているのは確かに株主であるが、その資産を有効に使うために、株主はあまり役割を果たしているとは言えない。株主はある企業に対して、資産の一部を確かに所有しているが、今ではその資産は株式市場で容易に取引することが出来る。責任を放棄することは簡単なことなのである。このような株主が企業の将来を見据えて、長期の投資を考えることはない。目先の短期的な利益によって株価が上がることを期待するものである。そもそも、企業は株主単独では事業を行うことは出来ない。企業で働くための教育を授けること、生産のためのインフラを整備することなどは政府の仕事である。過去に、政府が整備したインフラは、鉄道、道路以外にも、通信、郵便、教育など数多く存在する。労働者も株主のように簡単に転職できるものではない。日常的な仕事に注入する労力は株主よりもずっと大きい。
1980年以前では、株主は小規模分散することを建前として、①インサイダー情報によって利益を得ることを禁止、②株主が集団で行動することを厳しく規制し、投資家がカルテルを作ることを禁止、③機関投資家に投資先の分散を奨励し、経営への影響を行使させないようにする。これらは、なんと現在のミューチュアル・ファンド(*1)と異なることだろう。
(*1)ミューチュアル・ファンド:米国における一般的な投資信託(請求により随時解約ができるファンド)のこと。
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