昨今問題になっている103万円の壁は、そそり立つような壁でなく、それ以上になると課税が発生するものであり、所得から103万円を引いた残りの金額に課税されるということだ。この方法を「所得控除」と言う。103万円の壁を無くすということは、「所得控除」の額を引き上げることだ。所得税は累進税率になっていて、最低5%(課税所得が200万円まで)から、最高45%(課税所得4000万円以上)となっている。「所得控除」額を引き上げることは、低所得の人には税率5%の恩恵だが、高所得の人には税率45%の恩恵を及ぼす。このように、所得控除は低所得の人より、高所得の人に大きな恩恵を与える。これに対して「給付付き税額控除」と言うやり方がある。
「税額控除」とは、一定の金額を、課税された税から引く減税方法だ。「税額控除」での減税額を30万円とすれば、どのような所得でも、減税額は30万円と同じである。例えば、納税額が50万円の場合には30万円の減税で税金が20万円に下がるし、納税額が500万円の場合には、470万円に下がる。これが普通の「税額控除」だが、「給付付き税額控除」は更に踏み込んで、引ききれない金額は反対に給付しようというわけである。これは経済学者ミルトン・フリードマンの著書『資本主義と自由』により展開された「負の所得税」から導かれた政策アイデアである。「負の所得税」の考えは下図によって示されている。
(図1)
著者作成
グラフ上、太い実線は「実所得額」を表している。破線は再分配後の所得額である。この場合、まず普通に生活出来る最低限度の金額を設定する。例えば、年収300万円が普通に生活出来る最低限度の金額とすれば、300万円の所得で課税0とする。課税が0になるとすれば、それ以上では累進的に課税額が多くなる。これは今までの所得税の累進税率と同じである。負の所得税の特徴は、もうひとつ生きていくために必要な金額を設定する。この金額は現在の生活保護額と同じようなものだ。300万円以下では、税金を払わないのは今までと同じだが、今までと異なるのは、300万円から所得が減少するに従って、「給付」が発生し、それが次第に増加することである。所得が0になると、生きていくために必要な金額が支給される(現在の生活保護費と同じ、図1では150万円)。
負の所得税のアイデアを実用化した制度が、「給付付き税額控除」である。税額控除で控除しきれなかった残りの枠を現金にて支給するというものである。この場合の要点は、「税額控除」であって、「所得控除」ではない点である。例えば、納税額が10万円の人に対して、「税額控除」が30万円であれば、差し引き20万円が給付として支給される。差が大きいほど給付額は大きくなる。
一般的な給付付き税額控除の内容は、次のグラフで示される。
SOMPO未来研究所資料
図のように、低所得の人に対しては、税額控除で引ききれない金額を負の所得税と同じように給付し、一定の所得以上の人に対しては、控除する税金の額を少なく、さらに所得が高くなると控除を消失させる方法だ。勤労税額控除という形式で導入している国家は、アメリカ、イギリス、フランス、オランダ、スウェーデン、カナダ、ニュージーランド、韓国など10カ国以上である。ただし、多くの「給付付き税額控除」は働いている人を対象としたものである。
負の所得税にしろ、「給付付き税額控除」にしろ、不正受給がつきまとい、事務的な煩雑さもある。これらをなくすには、デジタル的な社会が前提である。例えば、マイナンバーをもとにした、給与、資産を総合的に把握する仕組みが必要だ。しかし、国民が政府に自分の所得や資産の把握をされることを好まない場合は、デジタル的な社会は作ることが出来ない。税制面からの今後の再分配の中心は、103万円の壁見直しのような、「所得控除」でなく、負の所得税の考えをもとにした、「給付付き税額控除」を基本にしなければならない。
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