すべてをまず疑うこと(懐疑主義)とは、現代で常識と思われている考え方、例えば、「給与は年功でなく、個々の能力によって与えられるべきだ」、「企業は株主を大切にしなければならない」、「肥満には気を付けて食事量は少なくすべきである」、「お客様の言うことは常に正しい」などの、一般的に当然であると思われるような事柄を、一旦は疑ってかかることを指している。懐疑主義の考えからみると、多くの人は、日常生活の大部分を思い込みに埋もれて暮らしていると思われるからである。
懐疑主義は、何もせずひたすら疑うことではない。会議などでよく、「その提案は、そもそも根本的に問題だ」と言って、議論の妨害をする人がいるが、これらの人を懐疑主義者とは言わない。すべての事を疑うけれども、確かなことと、そうではないことを、世の中の常識や、誰かが言ったから、あるいは、本に書いているからと言って、無批判に信じ込んでしまう事をやめて、確かな事を探り出す態度が懐疑主義なのである。
フランス生まれの哲学者であるルネ・デカルトは、「我思う、ゆえに我あり」と言って、すべての事を疑った後にも、考えている自分が居る事だけは確かであると考えた。この様な態度は、物事についての思い込みを排除して、真実を見つける事に大きな貢献をするのである。
近年の課題は、ビッグデータの使用に関するものである。デジタル処理の結果、膨大なデータが抽出できるようになった。ビッグデータを用いれば、個別の事象の間で、相互の間に関係性が浮かび上がる。これを相関関係(相関性)と言う。多くの現象の間に、相関性は見られる。しかし、それらの相関性は必ずしもなにかが起こる原因とその結果を示しているのではない。つまり、因果関係を示しているのではないのだ。
例えば、酒を多量に飲む人が肺がんにかかる率が多いことが「統計的」に確かめられた。そこで、酒は肺がんの原因なので控えるようにとのキャンペーンが生まれる。しかし、今日では肺がんの大きな原因は喫煙であることが分かっていて、酒を多くのむ人は、同時に喫煙もしている人が多く、結果的に肺がんにかかる率が多いということだ。この場合、飲酒と肺がんの間には直接の因果関係はなく、第三の因子「交絡因子(※1)」である、喫煙が肺がんの原因となっている。
同じように、会社内で何らかの企画を新たに行う場合、多くのデータから抽出したものについて、物事の相互関係を見つけて新しい理論として提案することが多い。その場合、関係が単なる相関関係なのか、あるいは、原因と結果の因果関係に基づくものなのかが重要であり、常に懐疑主義的な視点を持つ必要がある。
懐疑主義は、実証主義とも深い関係がある。なぜなら、疑う場合は、確かな事を示してもらわないと確証が持てないからである。実証するためには、現象を観察するか、あるいは、一定の条件で現象を作り出して(実験を行うこと)、客観的に示す必要があるのだ。
イギリス経験論で著名な、哲学者デイヴィッド・ヒュームは、「初めて存在するものには、すべて存在の原因がなければならぬということは、哲学で一般的な基本原則となっている」が、「よく調べてみれば、原因の必然性を証明するためにこれまで提出されてきた論証の多くは誤っており、こじつけである」。つまり、なにか経験的な事実があったとしても、必ずしも因果関係が証明されるわけではない。因果関係を無理やり作って、満足することが多いのだ、と述べている。
ひたすら「確かな事を探し求める」姿勢が、自然科学を生み、正確な戦略を作ることが出来るし、個人にとっても、人生においても失敗をしない為の前提なのである。つまり、情報を安易に信じるのではなく、その根拠を探し求める態度が必要なのだ。この点で、懐疑主義は、現代の情報があふれる時代に、拠り所となる強い拠点を提供できるだろう。
懐疑主義的な感覚を持っていないときには、単純なスローガンに同調してしまう。例えば、「経済が回復しないのは、規制改革が徹底しないせいだ」、「外国人が入ってくると治安が悪くなる」、「個人情報を守ることが大切だ」、「コミュニティに絆が大切だ」、「地域に若者が必要だ」などである。これらは、一方の視点から見ると、正しいかも知れないが、本当にそうなのか?と考えると、必ずしもそうでなく、見方には2面性があることが分かるだろう。
仏教は宗教と見なされ、懐疑主義とは無縁のように思われているが、ブッダ(釈迦)は真の懐疑主義者であった。次のように説いている。
「全ての悪の根源は無知であり誤解である。疑問、戸惑い、ためらいがある限り進歩できないのは否定できない事実である。そしてまた物事が理解できず明晰に見えない限り、疑問が残るのは当然である。それゆえに本当に進歩するためには疑問をなくすことが絶対に不可欠である。」と。
(※1)交絡因子:原因と結果の因果関係に想定される原因以外に影響を与えている因子
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