複雑な人間の精神を相手にする場合、何らの原則を持ち、その原則に沿ってケアを行わなければならない。経験的手法でマニュアルを作っても、多種多様な人間の精神を相手にすることは出来ない。実際の介護では、理念・概念をもとにした手法を組み立てる必要があるが、その場合、実際のケアとの間に差異が生じる。もし、理念・概念と実際のケアとの違いは無視し、経験的手法に沿って今まで通りのケアを行えば、理念・概念は床の間に安置された置物同様になる(事実多くの施設でそのようになっている)。そこで、理念・概念と現実との乖離に注目し、解消策として「現象学的」手法(※1)を取ることが必要だ。理念・概念に基づいた規則やマニュアルでは、複雑な精神を単純に統制しているので(複雑にするとマニュアルを実行出来ないので)、その隙間から多くのものがあふれ出る可能性が高い。精神に対する研究も進んではいるが、心理学分野においての研究は人間の脳構造から言えば、未だに単純であり、その外周をなぞって核心に達せず、ただ想像しているに過ぎない。例えば、行動障害に対するケアついて、一般的な原理を導くことは難しい。その場合、行うべきことは、一定の理念・概念のもとに、精神の本質を見つけるのでなく、現象学的に起こったことを積み重ね、そのやり方を理念・概念と照らし合わせる方法しかない。つまり、本質からケアの方法を読み解くのでなく、現象を注視し、その原因を考え、その原因の一般化を図る方法を採用し、その方法が果たして理念・概念に適合しているかどうかを考えるのだ。それは、物理的原理に基づく方法ではなく、時代を経て作り上げられた人間の精神に対する正しい考えなのである。
理念・概念と現象学的ケアとのギャップについてもっと見ていこう。この場合、問題とすべきは現象学的ケアと、理念・概念が、どのように関連するかである。理念・概念と実際の行動の違いを少なくするためには、成功した現象学的手法が理念・概念に合致していればよいが、そうでない場合には、変更を考えなければならない。この方法を行うと、理念・概念は現象学的ケアによって修正された、現実的な理念・概念となる。この修正は常に行われる必要がある(その結果、容認できない理念となるかもしれない)。
一般の企業活動でも、行動を起こすとき、あらかじめ決めた目標と実際とが食い違った場合、その時点で目標を変えるかどうかを検討することは少ない。目標は棚上げしてしまい、相変わらず努力はするが、目標の見直しを行う場合は極めてまれである。目標はそのうち忘れ去られてしまう。
ケア対象者である、高齢者、障害者の、尊厳、人権、自由、多様性などを守ることが当初の理念・概念であるとすれば、現実に行われているケアが、その理念・概念に一致するかどうかである。現象学的に成功したケアの方法が必ずしも理念・概念に一致しているとは言えない。しかし、理念・概念が実行できなければ、理念・概念を変えるしか無いのだ。
例えば、移動に困難を生じている対象者に対して、基本となる理念・概念は、自立を促し、尊厳を守ることであるとする。対象者が移動の能力を残し、かつ、能力の向上する余地があれば、自立に向けて移動能力の向上を目指すべきである(車椅子を使わず、歩行能力を高めるような活動を行う)。ケアの方法が、車椅子での移動しか行わないのであれば、安全性や効率性は高めるかもしれないが、自力での移動を目指す自立性は損なうだろう(そして尊厳も失うかもしれない)。もし、車椅子での移動によって、安全性や効率性が高まり、自立性をある程度犠牲にする必要があれば、理念・概念は、変更され、安全性や効率性が付け加える必要がある。そして、新しい理念・概念の正当性が試される。
理念・概念との乖離を日頃の仕事上発見し、皆で議論することによって、現実の解決が図られる。原則や理念は安全性や効率とは一致しない場合も多い。従って、常に認識し、実行するべきものであるが、実行できないことも多い。この場合の議論は、仕事上の内容を高める以上に、個々の職員の人間的向上をも促すことになる。
(※1)現象学的手法:実際に起った現象を、思い込みや、建前を排して記述する方法
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