農業の後継者不足解消へ向けて

はじめに

日本の総人口は、2070年に現在の3分の2まで減少すると予測されている。他方で、基幹的農業従事者(ふだん仕事として主に自営農業に従事している 者)は直近20年で既に2分の1となり(*1)、2050年にはさらに現在の3分の1になるという推計まである。人間が生きていくうえで必要不可欠な食糧の生産者の減少は、日本にとって避けては通れない重要な課題である。また、様々な産業の中で人手不足や高齢化の極めて進んだ農業という産業について考えることは、今後他の産業が同様の状況に陥った際に打ち手の前例とすることもできるだろう。

私はこれまで学生時代も含め約20年間、農業や流通の現場を経験してきた。その中で、後継者不足こそが日本農業の一番の課題であると考えている。農業は熟練の技術や勘も必要なため、一度失われるとその伝承が途絶え取り返しのつかないことになってしまう。基幹的農業従事者の減少が物語るように、もう既にその多くが失われてしまっているため、これまで以上の打ち手と対 策を急がなければいけない。本論文では、私のこれまでの経験や体験に触れ たうえで、農業の後継者不足解消のための提言をし、消費生活の変化した50年後に目指すべき農家の姿を述べたい。

Ⅰ.日本の総人口の現状と将来推計

2024年現在、日本の総人口は1億2,400万人、65歳以上の高齢化率は約29%である(*2)。人口は今後10年間で800万人ずつ減少していき、約50年後の2070年には8,700万人、現在の約3分の2になると予測されている(*3)。また、高齢化率は10%上昇し、約39%になる見込みである(図1)。

人口が減り高齢化の進んだ日本では、従来の社会システムは通用しなくなり、様々な分野で新たな仕組みへの変革が求められるようになるだろう。

図1 日本の人口の推移 (厚生労働省 将来推計人口(令和5年推計)の概要より)

Ⅱ.基幹的農業従事者の現状と将来推計

基幹的農業従事者は2000年240万人だったが、2024年現在111万人まで減少している(*4)(図2)。2050年にはさらに3分の1の36万人になるという推計まである(図3)。

また、基幹的農業従事者111万人のうち80万人が65歳以上であり、農業の高齢化率(65 歳以上の割合)は72%と他の産業と比較して群を抜いて高い状況である。そして、その数字は今後さらに上昇していくと予測されている。次世代を担う49歳以下の割合が11%しかいないことからも(図4)、このままの状況では近い将来、農業という産業自体の存続が危ぶまれる可能性すらある。数十年先を見据えた日本農業の変革と後継者不足対策は急務である。

図2 基幹的農業従事者数の推移 (令和4年度食料・農業・農村白書より)

図3 基幹的農業従事者の見通し推計 (農業協同組合新聞2024年1月15日より)

図4 基幹的農業従事者の年齢構成 (令和4年度食料・農業・農村白書より)

Ⅲ.新規就農者の現状

主に高齢化により基幹的農業従事者が減少していく裏で、新規就農者も減少の一途を辿っている。令和5年の新規就農者は約4万3千人、うち65歳以上は1万7千人、49歳以下は約1万6千人である(*5)。年齢別推移を見ると、65歳以上の新規就農者数は横ばいであるが、それ以外の若い世代での新規就農者の減少が顕著である(図5)。このまま若い世代が農業へ参入しなければ、日本農業の高齢化は歯止めがかからない。日本農業の活性化のためにも、若い世代を農業へ呼び込む工夫をしたい。

また、就農後の高い離農率も課題である。新規就農者の3割は5年以内に離農している(*6)。総務省の調査では、平成26年度に農の雇用事業の研修を受けた1,591人のうち、564人(35.4%)は3年以内に離農していたことがわかっている(*7)。離農理由の約3割が「業務内容が合わない、想定と違っていた」である(表1)。農業は実際に体験や経験をする機会が少ないため、 想像とのギャップが生じやすいのである。

図5 年齢別新規就農者数の推移 (農林水産省 統計情報 新規就農者調査結果より作成)

表1 農の雇用研修を経た離農者の理由
(総務省 農業労働力の確保に関する行政評価・監視より)

Ⅳ.過去の政策

新規就農者の経営開始時の課題についての調査結果から、農地の確保(73%)、資金の確保(69%)、営農技術の習得(58%)が新規就農者の主な課題である(図6)。すなわち、「場所」「お金」「技術」の 3 点が新規就農者にとって障壁なのである。この 3 点について、これまで国も様々な打ち手や対策を講じてきた(図7)。

例えば、「農地集積・集約化加速対策」は、農地バンクを活用して地域の農地を幅広く集め集約化し、それを担い手等へ貸し付ける地域に協力金を交付するものである。また、農業委員会が農地等の出し手・受け手の意向等を 効率的に把握し、関係機関と情報共有するための体制整備の支援もする(*8)。つまり、これは「場所」への対策である。

「青年就農給付金事業」は、就農前の研修段階及び経営の不安定な就農初期段階の青年就農者に対して年間150万円の青年就農給付金を給付しサポートするものである(*9)。つまり、「お金」への打ち手である。

「農の雇用事業」は、農業法人等が新規就農者、又は新たな農業法人の設立を目指す者を新たに雇用し、就農に必要な技術・経営ノウハウ等を習得させるための実践的な研修等に対して助成金を支払うものである(*10)。つまり、「技術」へ打ち手である。現在は雇用就農者の確保・育成を推進するため、農業法人等が49歳以下の就農希望者を新たに雇用する場合に資金を交付する「雇用就農資金」へと移行している(*11)。

国が講じてきた打ち手や対策はこれだけではない。「場所」「お金」「技術」の障壁以外にも、「新規就農者が相談できるような体制作り」や「労働力不足へのアプローチ」もしている。

「サポート体制構築事業」は、農業への人材の一層の呼び込みと定着を図 るため、地域における就農相談体制の整備、就農希望者を対象とした実践的な研修農場の整備、先輩農業者等による新規就農者の技術面等のサポートに 加え、社会人向けの農業研修の実施を支援するものである(*12)。地域との連携を強化することで周りから幅広くサポートをしてもらえるだけでなく、新規就農者がいつでも相談することのできる環境構築につながる有効な打ち手である。

「労働力確保支援事業」は、農業現場における労働力不足を解消するため、 働きやすい就労環境づくりに取り組む産地を支援するものである(*13)。具体的には、就労条件や労働環境改善など、従業員の働きやすさを高める取り組みを支援する「就労条件改善タイプ」、産地における求人募集ツールの導入や他産地・他産業連携等を通じた労働力確保の取り組み推進を支援する「産地間連携等推進タイプ」の2つがある。これらは、就農後安定した経営を行っていくための労働力不足解消につながる先進的な取り組みである。

国はこのように様々な打ち手や対策を講じている。しかしながら、後継者不足の現状に大幅な改善は見られていない。さらなる打ち手や対策が必要だ。

図6 新規就農者の経営開始時の課題
(農林水産省 新規就農者の育成・確保についてより)

図7 これまでの打ち手と新規就農者数の動向
(農林水産省 新規就農者の育成・確保についてより)

Ⅴ.50 年後の変化

① 単独世帯の増加
日本の総人口は、これから減少の一途を辿ると予測されているが、世帯総数は総人口とは異なると予測されている。2020年の 5,570万世帯から2030年の5,773万世帯でピークを迎え、その後は比較的緩やかに減少し、2050年には5,261万世帯になるとされている(*14)(図8)。2020年と2050年の総人口と世帯総数を比較すると、総人口は1億2,316万人から1億82万人へ82%減、世帯総数は94%減に留まっている。

家族類型別世帯数の推移を見ると、単独世帯は1980年の19.8%から2040年予測の39.3%へ約2倍に増加しており、2050年には44.3%になると予測されている。なかでも高齢者単独世帯の増加が著しい(図9)。

つまり、50年後は現在の3分の2の人口、65歳以上の高齢化率は10%増の38.7%でありながら、単独世帯(特に高齢者単独世帯)の構成比は50%程度と非常に高くなっているという特徴がある。

図8 世帯総数と単独世帯数の推移 (朝日新聞 2024年4月12日より)

図9 家族類型別世帯数の割合と高齢者単独世帯数の推移
(土地総合研究2019年冬号 国土に係る状況の変化より)

② 加工食品の需要増加
次に、世帯別の食料支出構成割合の推移を見ていきたい。2人以上世帯では、生鮮食品から加工食品へシフトし、単独世帯では、外食から加工食品へシフトしている(図10)。生鮮品よりも簡便で外出の必要がない加工食品は、料理の手間が省けタイムパフォーマンスが良いことから今後も需要は高まると予測される。50年後には、より加工食品の割合が高まっているだろう。

図10 世帯別の食料支出構成割合の推移
(農林水産政策研究所 人口減少局面における食料消費の将来推計より)

Ⅵ.私の経験と体験から

① 農業高校で学んだこと
私は幼いころから動植物が好きだったため、生き物に触れることのできる農業高校へ入学した。もし、農業が自分に向いていると思えば、将来就農しても良いと思っていた。しかし、実際座学や実習の授業を通じて農業に向いていると感じたが就農しなかった。それは、農業で起業するだけの幅広い知 識や技術を学びきることができなかったと感じたからだ。また、同じく就農を志す仲間がほとんどいなかったことも理由である。

農業高校には将来農家を夢見る生徒がたくさんいると思っていたが、農家を志す生徒はほとんどおらず、卒業後就農したのは140人中1人だけだった。農業高校卒業生のほとんどが就農しないため、農家になることを想定した実践的な授業もほとんどなかった。しかし、農業高校には農業後継者の育成という役割もあるため、希望する生徒に対しては、その興味を深堀できるよう な仕組みを作る等、農業教育を見直す必要があると感じた。

農業は私たち人間が生きていくうえで必要不可欠な食糧を生産することから、食育という意味でも高校以前の小中学生の頃からの農業教育も必要ではないかと思う。

② 農業ヘルパー派遣会社で学んだこと

高校卒業後、私は大学へ進学した。最先端の農業や様々な技術を学び、農業に関する知識の幅は広がっていった。一方で、実際の農業を経験もせずに座学の応用ばかりを学ぶことに次第に疑問を抱くようになった。そこで、学生が農業を経験する機会を作る必要があると考え、「農業ヘルパー派遣会社(通称:農ヘル)」という任意団体を友人と運営することにした。この組織は、学生の農業への理解向上や農業の人手不足解消を目的に、休日や授業の 空き時間に近隣の農家で学生がアルバイトできるように農家と学生をつなぐ役割を担っていた。登録している筑波大学の学生約70人が、契約している15件の農家で日々働いた。農業体験やボランティアとは異なり、アルバイトとして農家から給料をいただくため、登録を希望する学生とは事前に面接を行い、生半可な気持ちで働かないことを約束してから農家へ出向いてもらった。なかには働くことへの意識の違いから、面接の段階でメンバー登録を見送らせてもらった学生もいた。人手不足で困っている農家に対して失礼のな いよう、できる限りメンバーの質の向上を図っていた。それらの甲斐あり、農家との信頼関係を築け、口コミで契約農家も徐々に拡大していった。

私自身、本当の農業を知りたいという思いから、色んな農家で働かせていただいた。早朝4時からレタスの収穫をして朝9時には大学の授業という日も少なくなかった。夏には35度以上の炎天下で汗だくになりながら圃場のビニールシートを片付けた。冬には雪の中悴む手でほうれん草の収穫をした。 作業自体は大変だったかもしれないが、手間をかけた分だけ良いものができることにやりがいを感じられた。また、近くの直売所へ野菜を出荷しに行くこともあった。農家さんは「私たちがお客さんに選んでもらえるように大切に育てた自慢の野菜だから、自分たちの付けたい値段を付けるんだよ。」と言い、強気の値段を付けていく。その後、飛ぶように売れていく野菜を見て、鳥肌が立つほど感動したことを覚えている。自分で苗を植えてパック詰めをして、それがお客さんの手元に行くまでを見届けたことで、農業が面白いと感じた。このような農業の一連の仕事を広く色んな人に経験してもらうことができれば、きっと農業をやってみたいと考える仲間が増えると思った。

契約農家へ行くとどの農家でも外国人実習生の多さに驚かされた。偶然かもしれないが、国産野菜を作っている従業員のほとんどが実は外国人だったのである。農家さんに話を聞くと、「日本人は農業なんてやりたがらないよ。外国人実習生の人手がなかったら、この辺じゃ誰も農業続けられないよ。」と返ってきた。国産野菜の生産を支えていたのが外国人であることに驚いたと同時に、これほどまでに日本人が農業に携わらないものかと悲しい気持ちになった。今後、もし外国人実習生が不測の事態で日本へ来られなくなった場合、日本農業はどうなってしまうのだろうか。後継者不足問題は想像以上に深刻な状況であると感じた。

外国人実習生は仕事が丁寧で早く、人への思いやりもある優しい仲間ばかりだった。ときには、「農ヘル」のメンバーと一緒に実習生の故郷である中国へ行くこともあった。案内してもらった現地の農場では、日本で学んだことを実践していた。彼は農業への高い志を持っていた。これから規模を拡大 して農業で成功するのだという強い熱意と希望に溢れていた。日本でもこの熱意と希望の輪を広げていかなければいけない。

「農ヘル」のメンバーは私同様に農家で働くことを通じて、農業と真剣に向き合い、時には農家から直接農業への思いや夢を聞かせていただいた。それにより、農業の魅力に気がつき、卒業後就農する学生が複数出るようになった。なかには大手企業からの内定を辞退して就農を選択する学生もいた。これまで農業はそもそも経験をすることができなかったが、意欲があり希望すれば誰でも経験できる環境を用意することで、農業という仕事が将来の選択肢になり得ることを確信した。

ある日、「農ヘル」で衝撃的な出来事があった。私たちが数か月かけて育てた立派な大根を、収穫することなくトラクターで踏みつぶすことになったのである。はじめは理解できなかったが、農家さんが涙交じりに「農業はどんなに苦労して良いものを作っても、販売価格は相場に左右され、出荷コストと天秤にかけて儲からないと判断すれば廃棄せざるを得ない」と説明してくれた。砕かれ土にすき込まれていく大根を畦道からただただ見守ることしかできず、悔しさで一杯になった。何のために農業をしているのかわからなくさえなった。この経験から、農家だけではどうすることもできない流通の課題を解決したいと考えるようになった。


③ 企業農業で学んだこと
現在多くの農家は販売時の価格が決まっていない中で農作物を作っているだろう。出荷して初めて値付けされるのである。工業製品では考えられないことだ。農家は出荷するまで利益の出る価格で買ってもらえるか、不安が尽きないだろう。もったいないや無駄をなくし、農家が安心してものづくりに専念できるように、今後は農家と販売先が連携していかなければいけないと思う。私は農作物の生産から販売までを手掛けることのできる自社農場を持つコンビニ本部に入社することにした。農作物の生産から販売までを一貫して経験することで、流通の課題を解決した農業へのヒントを得たいと考えたのである。

入社後、まずは農場の作付計画や農作物供給を担当したが、そこで初めて流通の難しさを実感した。それは、農作物の収穫量が天候に大きく左右される一方で、店舗からの発注にあわせて出荷しなければいけないからである。強引に店舗に並べても売れなければ結局廃棄になってしまうし、足りない場合も何とかして集めなければいけない。さらに、商品化するには規格の制限もある。私自身収穫された農作物を全量販売することができず、担当している農場から「せっかく作ったんだから、なんとか売ってよ。」と怒鳴られたこともあった。

それら解決のために、2015年担当していた農場で加工工場を建てることにした。関東エリアの約 5,000 店舗へ供給される弁当・惣菜・サラダ用の人参、大根、キャベツ等の一次処理工場である。大きな目的は、農家が加工まで担うことで販路を広げ、規模拡大と供給の安定化を図ることである。加工品にすることで、価格決定権を自分のものにすることができる。また、これまで 規格外として収穫されることなく畑で捨てられていた 1~2割の農作物を加工形体に応じて有効活用する狙いもあった。加工工場設立後、様々な規格・形 状の農作物を農家が自ら加工することで、余すことなく売り切ることができるようになった。さらに、農作物をダンボール詰めする必要がなくなった他、一次処理場までの物流費や時間も削減された。また、工場で発生する端材については、プライベートブランドのペットフードを開発し、その原料として活用することにした。これらの取り組みにより、無駄な農作物やコストを削減し、農家の手取りを向上させることができた。私は農家が加工まで踏み込 むことで流通やコスト、鮮度等様々な問題を解決することができると実感し た。

Ⅶ.私の提言

私は高い志を持った仲間で溢れる明るい日本農業を夢見る。後継者不足解消のために、これから50年かけて取り組み形にすべきことを提言したい。そして、その時目指すべき農家の姿についても述べたい。

① 農業教育での経営的視点の導入

農林水産省は40代以下の農業従事者の拡大を目的に「農業教育高度化事業」として、農業高校や農業大学校での設備の導入、スマート農業等のカリキュラム強化、現場実習、出前授業の実施等を支援している(*15)。生徒・学生の視野を広げる意味でも継続していただきたいが、より踏み込んだ内容にすべきではないか。現在、農業高校新卒者の就農率は 2.5%しかない(*16)。その就農率を高めるには、各学校に就農コースを作ったうえで、より実践的な内容を取り入れるべきだと考える。

私自身、農業高校で農作物栽培の基礎を学び、栽培もしてきたが、今振り返ればそこには経営的な視点が欠けていると思う。例えば、面積当たりの収量を学習し検証もするが、人件費や資材代等を差し引いて儲けがどうなるかといった部分までは踏み込んでいない。もし、そこまで実践して納得できる儲けが出るようなら、就農を志すきっかけになるはずだ。したがって、農業高校の授業では最終的な儲けを如何に出せるかを生徒と一緒に真剣に考えるべきだと思う。また、就農した際に何が障壁になり、どう対処していくかも学ぶべきだと思う。例えば、Ⅵ章で述べた様な「販売価格は相場に左右され、出荷コストと天秤にかけて儲からないと判断すれば廃棄せざるを得ない」という事実を知っておくべきであるし、そうならないための工夫を議論すべきだ。

具体的には、全ての農業高校・農業大学校で農業法人を設立し、生徒・学生自身が栽培、販売、商談、経費管理まで実践できるようにしてはどうだろうか。学生時代にここまで経験できるのであれば、目的意識を持った新たな層が農業高校・農業大学校へ入学し、在学中の経験から就農にもつながると思う。離農理由の約3割が「業務内容が合わない、想定と違っていた」であることから、事前に体験や経験をする機会を用意してギャップを埋めることで就農後の定着につなげたい。

② 就農前の複数農家事前研修
就農前とのギャップによる離農を防ぐため、就農希望者が複数農家で事前研修できる仕組みを構築したい。一度就農すると、同業者がどのような工夫をしているのかを学ぶ機会が少なくなるため、事前研修で学べるようにしたい。また、就農後の相談先にもなり得るだろう。

具体的には「産地間人材リレー」の応用である。「産地間人材リレー」と は、農作物の収穫時期と共に繁忙期と閑散期が入れ替わる日本全国の産地を つなげる労働力のリレーのことだ(*17)。4~10月は長野、11~3月は長崎にベトナム人労働力を支援する店舗流通ネット株式会社の取り組み等がある。農業は年間を通じて仕事量がばらつくため、このような産地間の人材提携を多くのエリア同士で結んでいくべきである。

もし就農希望者がいれば、「産地間人材リレー」同様に労働力の側面を持ちながらも、より多くの農家を見て学ぶことを主目的としたい。通常よりも短いスパンで希望する品目を栽培する農家を全国中できる限り回るのである。これにより、様々な農家の良い点、改善点、工夫点を見て学び、就農する上での経験が磨かれ、そこでの人脈も含めて財産になるだろう。

全国の産地同士をつなぐため、国や各都道府県、市町村同士の連携が不可欠である。主要品目を選定したうえで、生産スケジュールから繁忙期を確認し、それが被らないエリア同士をマッチングするのだ。これができれば、人手不足の解消と就農前の不安払拭が同時に叶う。

③ 農業ヘルパー派遣会社の仕組みを全国へ
現在、通常生活の中で農業を経験してきた人はほとんどいないだろう。そのため、そもそも自分に向いている職業かを確かめることもできず、就職の選択肢に入らないのである。しかし、農業にわずかでも興味がある人は、世の中にたくさんいると思う。そのわずかな興味の種をしっかりとすくい上げることができれば、就農希望者は増加するはずだ。

極端な提案だが、小中学校で農業を必修化しても良いかもしれない。食べ物を作ることの大変さや喜びを経験し、ありがたみやもったいないと感じる心を育むことができるだろう。また、農業は天候や生き物と向き合っていかなければいけないため、自分の思い通りにならないことを乗り越える貴重な経験にもなると思う。その時の経験が農業への興味の第一歩になるはずだ。

そして、農業ヘルパー派遣会社のように誰でも気軽に農業を経験できる場所があれば、それをきっかけに就農する人がでてくると思う。具体的には、各市町村やJA が主体となり、農業ヘルパー派遣会社のように全国のあらゆる身近な場所で農業ができる仕組みを構築したい。農業への興味の種をすくい上げる器になるはずだ。また、地域の農業の人手不足解消にもつながると思う。

さらに、場合によってはふるさと納税の様に、自分の好きな市町村を調べて都会から希望の農園へ働きに行くような、仕事と旅行を兼ねた新しい農業体験の文化も醸成していきたい。

④ 農作物生産から加工食品製造へ
現在、多くの農家は販売時の価格が決まっていない中で農作物を作り、出荷して初めて値付けされている。だから豊作時に値崩れを起こし赤字になる リスクが拭えないのである。しかし、それは農業では当たり前でも加工食品になれば話は違う。加工食品は自分で価格を決めることができるからだ。

今後、単独世帯の割合は増え続け 2050 年には 44.3%になると予測される。Ⅴ章で述べた様に、単独世帯の増加と共に加工食品の需要は益々高まる。需要の変化に対応するためにも、ハードルは高いが将来の農家は加工食品製造まで手掛けることが望まれる。

キャベツを例にすると、収穫してそのまま出荷するのではなく、カットして芯を取ってから出荷することで、加工食品扱いとなり価格が一定になるため、安定した収入を得やすくなる。農作物生産という点ではキャベツの生産効率化に専念できる。また、自らが加工に取り組むことで原料の規格の縛りをなくすことができ、加工形態に応じて規格外品も含めた収穫物を無駄なく使いきることができるようになる。さらに、流通やコスト、鮮度等様々な問題の解決につながる。

農家が加工食品製造まで踏み込むことは容易ではないが、50年後にはスタンダードになっているべきである。自分たちの農作物の特徴や強みを活かした商品を作ることができるし、マーケットインの発想で農業をすることにもつながる。日本農業は加工食品製造まで行うことで、より高いパフォーマンスを発揮できると確信している。

おわりに
日本の総人口はこれから減少する一方で、各産業で後継者不足が予測される。しかし、その局面でどのような仕組みを作るかによって、明るい未来に変えることができると思う。50 年後、86歳の私が加工食品製造まで行う農家として現役の頃、「農業支援」という言葉は過去のものとなっているかもしれない。

本論文を通じて一人でも多くの人が、日本農業の後継者不足について考えるきっかけとなれば幸いである。今回の提言をただの提言で終わらせてはいけない。皆で考えて行動していくのだ。それが 50 年後の明るい日本農業への新たな一歩となることを願い、筆をおくこととする。

参考文献
*1 農林水産省 統計情報 経営体に関する統計
*2 総務省統計局 人口推計(2024 年 4 月確定値)
*3 国立社会保障・人口問題研究所 日本の将来推計人口(令和 5 年推計)
*4 農林水産省 統計情報 農業労働力に関する統計 基幹的農業従事者
*5 農林水産省 統計情報 令和 5 年新規就農者調査結果
*6 平成 26 年度 食料・農業・農村白書
*7 総務省 農業労働力の確保に関する行政評価・監視
-新規就農の促進対策を中心として-結果に基づく勧告 平成 31 年 3 月
*8 農林水産省 担い手への農地の集積・集約(農地利用最適化交付金等)
*9 農林水産省 青年就農給付金事業
*10 全国新規就農相談センター 農業をはじめる.JP
*11 農林水産省 労働力の確保 雇用就農資金
*12 農林水産省 新規就農者育成総合対策 サポート体制構築事業
*13 株式会社マイファーム 農業労働力確保支援事務局
*14 国立社会保障・人口問題研究所
「日本の世帯数の将来推計(全国推計)-令和 6(2024)年推計-」
*15 農林水産省 農業教育について 令和 6 年 7 月
*16 農林水産省 地域連携農業高校実践教育推進事業
*17 店舗流通ネット株式会社 農業経営者と外国人就農者の不安を解消した
「産地間人材リレー」 特定技能外国人のU ターン就労を実現


会社員池松 俊哉
第2回懸賞論文「日本の人口減少を考える~50年後の社会システムはどう変わる?~」
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