民主主義が破綻するとき

「民主至上主義」。一見不思議な言葉だが、民主主義とは少し違う。普通の民主主義とは、10人が何かを決めたいときに、6人以上、出来れば7~8人が賛成すれば(つまり多数が賛成すれば)、その問題は決着するように思われる。「民主至上主義」では、そうではない。多数が決めたとしても、正しいとは限らないので、そのままでは集団の意思とはならない。例えば、石油産業に勤務している人は、「世界は化石燃料を削減すべきである」との考えに必ずしも賛成しない。石油などの化石燃料を削減し、それが成功すると長年そこで技術を磨いた自分が失業するかもしれない。なるほど、一般に言われていることは、地球温暖化を防止するために化石燃料の削減が必要であるが、とりあえず失業は避けたいので、化石燃料の削減を主張している政治家には投票しないでおこう、と考えるのは理解できる。その結果、化石燃料を削減しないようにする、との主張をする政治家が当選することもある。普通に考えると、民衆の意思であると見なされるが、ルソーによるとそれは「一般意志」の反映ではなく、単なる「特殊意思」が表れたものであると考えるべきなのだ。「特殊意思」の集合が「全体意思」であるが、「一般意志」に従うと、この結果は認められない。「一般意志」はこの場合、地球温暖化を防ぐためには、石油などの化石燃料を削減するべきであるのだから、「一般意志」を信じる、「民主至上主義者」によると、このような選挙結果は認められないというのだ。あなたはどちらに賛成するだろうか?

アメリカにおいて、ドナルド・トランプ氏が大統領に当選した背景にも、このような「一般意志」と「特殊意思」との食い違いがあったと思われる。知的レベルが高い大卒あるいは大学院卒者の間では、「一般意志」が幅を利かせている。その上、このような人たちの多くは裕福である。そして、個別の人々の生活に対してはあまり関心がない。失業している人に表面的には同情するが、基本的な正義の主張は曲げない。しかし、一方で失業した人、あるいはその間近にいる人達にとって、一般的正義はあまり関係なく、身近な人の幸福を優先する。

世界的にも、アメリカと同じような現象は起こっている。自由貿易体制、難民の救済、地球温暖化阻止、多様性を尊重すること、女性の権利を引き上げること、貧困者への給付を拡充することなどは、いずれも社会正義に合致する。しかし、このような政策によって、被害を受ける人がいることは確かである。移民の大量流入で職を失った人、他民族の流入によって感情的に反感を持つ人もいる。シリアの騒乱によって欧州に難民が大量流入したとき、「一般意志」からは難民を助け、保護すべきだろうと思われたが、難民が増えて、その国で失業者が増加し、街の風景が大きく変わった場合には、移民・難民への反感につながるようだ。

日本の場合は、民族的な問題には至っていないが、多くの問題に対して、一般的正義によると正しいと思うが、慣習のままに従い、「一般意志」と「特殊意思」との対立関係から離れた行動をしている場合が多い。例えば、選択的夫婦別姓の問題、戸籍の是非を問うこと、沖縄の米軍基地、原発の是非について、「一般意志」と「特殊意思」との論争ではなく、その手前で、論争にならない状態を続けている。単に変化を嫌っているのだ。

「一般意志」と「特殊意思」との関係は、民主主義の大きな問題である。望ましいのは、対立する両者が話し合いでお互いに妥協し、解決の方法を目指すべきだろうが、この方法は有効とは言えない(話し合いが成立しない場合が多い)。結局は、「全体意思」つまり「特殊意思」の合計(いわゆる多数決)で決まるような方法しか、民主主義は取れないのかもしれない。そうすると、結局は自分自身の一時的な利害を重視する、ポピュリズム的な指導者に政府が乗っ取られ、独裁に陥る危険も大きい。

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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