ナショナリズムから抜け出すこと

国家の存在が希薄な時代では、物も人々も国境を越えて自由に往来していた。例えば、日本でも、朝鮮半島で騒乱があると(日本が朝鮮半島を侵略した場合を含む)、大量の人たちが海を超えて日本に渡来した。渡来人は日本の文明や文化に大きな影響を与えた。ヨーロッパやアジア大陸でも同様である。

国境が明確になった19世紀以降にも、多くの人々が国境を越えて往来していた。ある意味で、経済的、政治的な理由から離れて「自然」に往来していたのだ。このような時代では、民族の違いはさほど意識されず、国内での階層の違い(身分の違い)のほうが強く意識されていた。国内での階層の違いが解消し、身分社会が崩れ、より平等な社会に移るにつれて、民族的意識、つまりナショナリズムが強くなり、国家や民族的な価値が問題になるのは、近代の特徴でもある。第一次世界大戦以降の民族国家の誕生もこの傾向に拍車をかけている。

国家は観念的な存在である。国家を形成する国民も人々の意識の中で作られる存在に過ぎない。その形成も日本の場合、数千年の歴史の中で、近代の数百年の期間に過ぎない。日本人と言われる人たちが、スポーツや芸能の世界で世界的な名声を獲得すると、マスメディアはその人達をもてはやす。日本人の活躍として、である。この様な傾向をナショナリズムと言う。しかし、日本国籍を持っている人が、必ずしも民族的に日本人と呼ばれる他の人達と一致するわけではない。便宜的に日本国籍があるに過ぎないと言ってもよいのだ。

ナショナリズムの典型は、1935年に制定されたナチスドイツのニュルンベルク法に見ることが出来る。ナチスは長い間、ユダヤ人を宗教ではなく人種的な反ユダヤ主義により区別する法的な定義づけを模索していた。ドイツ内のユダヤ人を外見で判断することは容易ではなく、ユダヤ人の多くは伝統的な習慣や身なりを諦め、社会の本流に溶け込んでいた。ナチスの立法者たちは家系により人種を定義することにして、4人の祖父母のうち3人以上がユダヤ教共同体出身の場合は、法によるユダヤ人であるとみなした。そうすると、祖父母のうち3人に満たない、1人か2人だけがユダヤ教共同体出身の多くの人達の処遇は曖昧になる。このようにナショナリズムは論理的な根拠を持たず、きわめて曖昧な、主観的、観念的論理なのである。

観念的なナショナリズムに対して、実利的な国境を超えた人や物の往来は、グローバリゼーションが強くなるに従って盛んになっている。この傾向は、それまでの民族感情(ただし19世紀から本格化したに過ぎないが)を刺激する。一方で、民族と言っても遺伝子的には違いがない人たちを区別することは困難であり、一方では理不尽でもある。

それでは、いっそのこと民族の違いは無視して、国際的な交流を行う社会を作ってはどうだろうか。しかし、最近のヨーロッパでは、民族感情に基づく移民の排斥が強くなっている。日本でも、このようなヨーロッパの状態を見て、移民の排除を唱える場合がある。

しかし、日本が日本人のみでは成り立っていかない状態であるとすれば、思い切って移民国家になるのはどうだろうか?そのためには、今よりも格段強い管理体制が必要だ。移民の数の管理は、消極的な考えであるが、移民の管理は移民国家の基本的な項目の一つである。そして、この管理状態から進化して、移民の国内での労働状態を日本人と同じに保つための規制を強く行うべきだろう。つまり、日本は昔からの日本人で構成される国家でなく、新しい考えを持った(人権の尊重、平等性、平和に基づく)国家として、新たに構成し直してはどうだろうか。一定の規制をかけた後の外国人材を一定数(多分年間30万人から50万人)受け入れ、その人たちとともにグローバルな考えを持つ、新しい国家を作ってはどうかと考える。

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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