1970年代までの比較的平等な社会から、レーガン、サッチャー革命を経て、大幅な格差社会へと急展開していったのは、驚くべき現象である。しかし現在の平均的な人たちの思いは、「実力によって格差が生じることはあってよいが、あまり大きな格差は好ましくない」というあたりだろう。事実このような社会は、安定した、活気ある社会であると言える。そのために必要な条件はすでに生まれつつある。
民主的な国家が、一部の権威主義的な国家に撹乱される可能性はあるが、長期的に見ると想定外のアクシデントさえなければ、これらの権威主義的国家が永続することはない。これから作る民主国家の新しい社会システムが強力であれば、いずれそのシステムに収束する可能性も強い(破滅的な戦争のリスクは少し残るが)。
人間が周囲を気遣い、自分の欲求を強く持っている2面性がある動物だと考えれば、上記のような自分の欲求に従った、各個人の実力による、ある程度の格差と、それとは別に、最低限の生活保障が同時に満足できるような社会が望ましい。その為に必要なことは、活力ある労働政策、つまり、労働者が自由に勤め先を探して自分の好ましい業種に転職することが出来るような社会と、最低限度の保証が得られる社会との組み合わせである。このような政策はフレキシキュリティ(flexicurity)と呼ばれる。ただしこの政策の思想に共鳴しても、それを支える社会がなければならない。つまり、国民一人ひとりの意識が高くなり、政策自体を十分に理解できるようになるということだ。
能力主義社会が万能でないことも、倫理的に正しいとは言えないことも理解する必要がある。15才のときに成績が良かったとしても、会社で実務能力が評価されても、それらは、遺伝的特性(つまり親から受け継いだ能力)に過ぎない部分が大きいこと、さらには、学歴が良くても、親の財力やコネなど、多くの自分の力ではない力が働いていること、人生には幸運や不幸が、想定外に訪れることも確かである。このような力が襲いかかったときには、力に従った行動よりも、自然に委ねる行動が効果を発揮する場合もある。
このように、世の中は自分の力以外の物(遺伝子的な要素や運不運)が、大きな要素を占めていることをわきまえる必要がある。そうすると、必然的にジョン・ロールズの言う「格差原理」にたどり着くだろう。「格差原理」とは、私たちは生まれ落ちた直後には(原初状態)、周囲の情報から遮断されていたなら、金持ちになるのか貧乏になるのか、健康になるのか不健康になるのか分からない。だから、最初はこう考えるだろう。「そうだな、念のため、所得と富を平等に分配することを要求しよう。そのほうが不幸に見舞われたときには確実だ」と。多分そう思うことは正しい。従って、「格差原理」では、最も不幸な人が有利になるような経済システムが選択されるという考えである。それには、おのずと格差の限度が現れる。つまり、所得の格差を10倍以内とすれば、最低限度の収入が一人あたり年収300万円である場合、上限はその10倍の3000万円になる。この理屈からは、いくら優秀な経営者でもその収入には自ずと限度があることを認めることだ。
企業間の競争で、CEOの報酬を一定範囲で止められない場合には、再分配での調整方法がある。所得税の累進税率だ。3000万円以上の所得を税率100%にすれば、格差は10倍にとどまる。極端なことを言うようだが、1950年から1980年にかけて、第二次大戦後移行の所得税の累進化最高税率は日本で75%、アメリカで70%、イギリスで83%だった。一定以上の所得には、強烈な調整機能を持たせたのだ。
能力主義は人間の動物としての欲求をもとにした制度かもしれないが、進化を遂げた人間が未だに、自分の能力に依っての成果を、自分に帰することに拘る必要は少ないのではないか。格差の解消には、能力主義社会への疑問を持つこと、低所得者への生活保障、企業の報酬配分、そして、税制が大切だ。
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