「失われた30年」の間、日本の賃金は上昇しなかった(図1)。人口減少に伴う人手不足があるにも関わらず、である。一般的に考えれば、人手不足の際には賃金が上昇する。古くは、人口が3分の1減った、中世ヨーロッパのペスト蔓延の際や(この時賃金は大幅に上がったという)、近くは中国沿岸部の経済成長の際なども同じように人手不足に伴って賃金は上昇した。なぜ、日本が人手不足にも関わらず賃金の上昇がなかったのかは謎となっている。生産性の上昇がなかったからという人、非正規労働者の増加を上げる人、労働分配率の低下、あるいは企業の内部留保の増加が原因であるという人、労働組合の組織率の低下や行動力の低下を原因に上げる人など様々である。しかし、もう一つ大きな原因があるのではないか。
(図1)
OECDデータから
濱口桂一郎氏は、著書『賃金とは何か』のなかで、賃金が上がらない原因について、日本の賃金体系が職務給でなく、属人給で支払われていること、さらに、ジョブ型雇用でなく、メンバーシップ型雇用となっていることを上げている。日本に多いメンバーシップ型雇用では、新卒一括採用後、同じ企業に所属すれば賃金は毎年昇給する年功給制度がとられている。この年功給制度はあまりに浸透しているので、この制度が日本独特の仕組みにも関わらず、私達はごく普通のこととして受け取っている。結果的に「上げなくても上がるから、上げないので上がらない」になっているようだ。図2において、21才の人は40才になると月給が20万円から40万円となり、60才になると平均60万円になるという図式を想定している。ある人が同じ会社で定期昇給を続ける場合の賃金を表しているのだ。
(図2)
濱田桂一郎『賃金とは何か」
20年間に20万円上がる場合は、1年間に平均1万円が定期昇給額となる。もちろん、昇給額は、給与の少ない時には少額で、給与が増えると額が大きくなり、昇給比率は同じようなものになる。一人を追いかけると、(太線のように)個人では年々給与が増えているが、会社全体では労務費は同じである。つまり、給与の高い人が定年退職し、給与の低い人が入職するので、定期昇給額は賄える。全体の給与総額はグラフのように同じである。「(企業が人件費を)上げなくても(個人の給与は)上がる」のだ。だから、「上げないので(給与総額は)上がらない」のだ。
(図3)
しかし場合によると、この階層全体を引き上げることもある。これを「ベースアップ」と呼ぶ(図3)。この場合には、企業の給与総額は増加する。過去30年間の大部分は、前半こそベースアップがあったが、2000年以降の後半では定期昇給のみとなっている(図4)。
(図4)
この様に、給与形態が年功給に依存している状態から見ると、給与は相変わらず「上げなくても上がるから、上げないので上がらない」状態が続くかも知れない。
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