成長と格差の解消を同時に行うこと―フレキシキュリティ(flexicurity)のすすめ―

規制緩和が提起された場合、日本では必ず反対が起こる。その理由は、既存の社会システムを壊すからである。既存の社会システムが壊れた場合、多くの場合は一時的に格差が生じる。格差を生じさせずシステムを破壊(改善)する方法は難しい。一方で、格差を解消するための社会保障政策には原資が必要だ。つまり、社会が何らかの方法で稼いだ金を分配するのだから、多く稼げばそれだけ分配が増える。ただし、分配方法は考えなければならない。しかし、分配する資金がないと、再分配政策はうまく回らない。従って、社会が豊かになることを前提として、さらには、格差が生じないように、再分配に注意する必要がある。この循環をうまく行っているのが北欧諸国だ。豊かさは一人あたりのGDP、格差はジニ係数での比較と、上位1%の人にどの程度の資産が集まっているのかによって測ることが出来る。まず豊かさの比較である1人あたりのGDPを見てみよう。

(図1)は、豊かさを占める指標で、一人当たりのGDP(ドル換算)である。北欧諸国は、ノルウェー4位 87,739ドル、デンマーク10位 68,300ドル、スウェーデン15位 56,225ドルを軒並み上位にある。ちなみに日本は33,806ドルで、34位だ。北欧諸国は社会保障が充実し、平等な国との印象が強いが、豊かでもあるのだ。

(図1)

IMF - World Economic Outlook Databases (2024年4月版)


次にジニ係数である(図2)。ジニ係数は、所得の差異を示す。例えば、一人に100%所得が集中して残りの人が所得0の場合は、ジニ係数は1となり、すべての人が同じ所得を得た場合には、ジニ係数は0となる。ジニ係数は従って、0から1の間の数値を示し、低いほうが所得の平均化が図られていることを示している。また、直接支払われた賃金の差があっても、税や保険などで再分配されると(高い所得からは税や保険料を多く取り、低い所得からは取らないか補填する)、ジニ係数は低くなる。つまり、所得の格差が小さくなるのだ。


(図2)

 

OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development )2021年データより

ジニ係数が日本で、0.34に対して、北欧諸国のデンマーク0.27、スウェーデン0.29、ノルウェー0.29になっている。つまり、所得の「格差」は日本のほうが北欧諸国よりも大きいということだ。

更に資産格差はどうだろうか?

図3のグラフは、上位1%の人に(赤色のグラフ)どの程度の資産が集まっているかを示したものだ(日証協作成)。上位1%の資産が集中して、格差が最も大きいと思われるのがアメリカであることは当然だろう。アメリカは上位1%の人に資産の40%が集中している。アメリカとは大きく離れるが、2位はオランダ、5位がデンマークなど、北欧の国が上位に名を連ねている。意外ではあるが、北欧諸国は資産の偏りが大きいのだ。日本は11%で資産格差が小さいと言える。資産の格差が大きいことは、ジニ係数と関連して言えば、平均的な賃金格差は少ないが(あるいは再分配にて均等化されているが)、大きく稼いだ人たちは日本よりも北欧にたくさん存在するということ、つまり、起業することや株式上場によって、富を得た人が多いことを表している。これが特徴となっている。法人に対する規制を緩和し、自由な競争を促すことによって一部のベンチャー企業家の出現を促しているのだ。


(図3)

 


以上の、一人あたりのGDP、ジニ係数、上位1%の資産などの内容は、次のことを示している。分配するためにはその原資が必要である。経済が成長しなければ、社会保障を手厚くすることは出来ない。経済成長のためには新自由主義的な政策が必要となる。これはアメリカを代表とするものだ。しかし、新自由主義的政策は必然的に格差を引き起こす。この矛盾を解決するのが、企業と個人とのはっきりとした区別である。規制を強めて、企業も個人も格差を否定すると、個人の所得についての差異は少なくなるが、企業については、いわゆるゾンビ企業が多数生き残ることになる。規制緩和では、企業の選別が強くなり、企業の淘汰は進むが、一方で個人の格差も強くなる。この矛盾を解決するためには、企業に対して規制緩和を行う代わりに、救済も行わない、新自由主義的政策を徹底する。他方では、個人に対しては生活を保証するために、社会保障政策を徹底する。これらが、北欧で行われているフレキシキュリティ(雇用の流動化と失業保障の拡大)という政策だ。このような政策は、企業を個人の集合と見て、企業と個人との区別をあいまいにし、社会全般に対して規制を行い、かつ救済を行う傾向のある日本では難しいのかも知れない(雇用調整助成金などがその典型)。しかし、経済成長がなく、資産の均一化が他国よりも強く、かつ、ジニ係数が欧米よりも高い日本では、今までの方法を改善し、企業と個人との区別を前提とした経済政策(企業の淘汰と個人の保護)が必要となるのではないか。この政策には、一定の金利の存在も必要でもある。ゼロ金利政策は、ゾンビ企業の生き残りを許すからである。

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
  • 社会福祉法人敬友会 理事長、医学博士 橋本 俊明の記事一覧
  • ゲストライターの記事一覧
  • インタビューの記事一覧

Recently Popular最近よく読まれている記事

もっと記事を見る

Writer ライター