救急車の適正利用

私は、小児神経科の医師です。今回、救急車の適正利用についての私見を現状の再確認とともに、概説していきたいと思います。

(図表1) 救急自動車による救急出動件数及び搬送人員の推移

出典:令和5年中の救急出動件数等(速報値) (消防庁)
https://www.fdma.go.jp/pressrelease/houdou/items/20240329_kyuki_01.pdf


救急出動件数及び搬送人員数は、継続して増加傾向にあり、令和2年・3年で一時的に減少しましたが、令和4年では再度増加しています。実際、10年前の平成23年では600万件弱の救急搬送件数だったのが、令和4年には700万件強となっています。つまり10年間で100万件も増えているということになります。

(図表2)年齢区分別の搬送人員と構成比の推移

出典:令和5年中の救急出動件数等(速報値) (消防庁)
https://www.fdma.go.jp/pressrelease/houdou/items/20240329_kyuki_01.pdf


次に、どんな人が救急搬送を利用されているかを見てみましょう。まず、年齢別に見てみると、成人の利用者数は減っていると同時に、高齢者の利用が極端に増えてきていることがわかります。

(図表3)年齢区分別の搬送人員と5年ごとの構成比の推移

出典:令和3年版 救急・救助の現況(総務省消防庁) 第30図
https://www.fdma.go.jp/publication/rescue/items/kkkg_r03_01_kyukyu.pdf


さらに年齢別に詳細に見てみると、高齢者の利用といっても、特に85歳以上の利用者が多いことがわかります。現に、平成27年では85歳以上の利用者が17.7%であったのが、令和2年には22.6%に上ります。短期間の間でも増加率が5%と非常に高い傾向にありますね。


(図表4)傷病程度別の搬送人員と構成比の推移

 

出典:救急医療について.令和5年度第1回医療政策研修会
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001094025.pdf


別の観点からも見てみましょう。傷病程度別に見たグラフによると、意外と軽症の人の伸び率は多くなく、中等症の方が増えていることがわかります。中等症は「重症と軽症の間の状態」と定義され、軽症では「傷病程度が入院加療を必要としないもの」、重症は「傷病程度が3週間以上の入院加療を必要とするもの」ということになっているので、中等者は少なくとも入院加療を要したものであり、救急隊を呼ぶにふさわしい状況であったことが推測されます。

(図表5)10年前と現在の救急自動車による急病の疾病分類別搬送人員の比較

出典:救急医療について.令和5年度第1回医療政策研修会
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001094025.pdf


また救急搬送の現状を病気別にも見てみましょう。意外にも成人での救急搬送で具体的な病名がつくものについては、軒並み低下していることがわかります。また、医療費が無料になりやすい小児疾患においても低下傾向なのがわかりますね。ただし、最終的に症状の判別が不能であったもの、つまり「不定愁訴」については、平成22年では30.8万人だったのが、37.8万人と非常に増えていることがわかります。対して、高齢者については、どの疾患もバランスよく増えていることがわかりますね。脳卒中と精神系を除いた疾患以外は全て増加しています。

ここから見られる救急車搬送の現状をまとめると次のようになります。

● ここ最近の救急搬送は確かに増加しており、10年間に600万件から700万件強と100万件以上も伸びている。
● 特に高齢者での救急搬送が増えており、成人の不定愁訴(※1)と高齢者の脳疾患以外のどの疾患についても救急搬送例が増えている。また、特に最近は85歳以上の高齢者の救急搬送が増えている。

● 重症度別に見てみると、軽症例も増えているものの入院を必要とする中等症が増えており、救急車要請については「妥当」に見える例が多い。

 

 

利用者もむやみに救急車を呼んでいるから増えているのではなく「どうしてよいかわからないような疾患」や「高齢のため自力で動くことも困難であり、救急車を呼ぶしかなかったような例」に対して呼んでいるようですね。これらの背景には日本の「緊急度判定体系」も大きく関わっているでしょう。

(図表6)緊急度判定の全体像

出典:令和5年度 救急業務のあり方に関する検討会報告書
https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/post-134/03/houkoku.pdf


緊急度判定とは「救急車が必要だ」と利用者が判断してから医療機関にたどりつくまでの間に行われ、実際にどうすればよいかをプロトコルにしたものです。緊急度判定を行った結果、119番通報があったとしても、「救急隊以外の部隊を増やして出動命令を出す」「電話相談窓口を案内する」「かかりつけ医への受診を案内する」「出動指令の順番を入れ替える」などさまざまな対応が行われていることがわかっています。

(図表7)「すべての事案で実施している」場合の、119番通報時での緊急度判定後の運用

出典:令和5年度 救急業務のあり方に関する検討会 報告書
https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/post-134/03/houkoku.pdf

119番にかけたとしても重症度に応じて対応を変えて、救急車出動を最小限にしているというわけです。

【救急車の適正利用についての私見】

さて、ここまで見ると、救急車利用はそこまで無分別に行われているものではないということがわかります。少子高齢化が加速し、意思表示もできないような高齢者が急変したとき、家族がとまどい119番をかけることは当然のことです。また成人でも「なんの疾患かわからないけど、急変した」というような場合も、オンラインや電話などでは救急隊もわからず救急車搬送を行うのも納得がいくことです。実際、さまざまな検査を行っても最終的な診断がつかなかったわけですからね。しかし、今後も日本は超高齢化社会に向けて加速していくのは目に見えているので、何らかの対策を講じる必要があるのも事実。そこで、さらに救急車の利用を抑えるために例えば、以下を検討していくことになるでしょう。

① 地域医療の充実と予防医療の推進
地域の医療機関が救急車を必要としない初期対応を担えるよう、医療リソースの拡充を図ることが必要です。また、予防医療や健康管理の意識を高めることで、救急車が必要となる事態を未然に防ぐこともよいですね。かかりつけの先生と普段から相談して「どういう状態になったら救急車を呼ぶべきか」がわかるようにするのもよいと思います。

② 高齢者向け支援サービスの充実
高齢者が緊急時に備えて、自宅での安全対策やヘルスモニタリングを行えるサービスを充実させることで、急変時にも迅速かつ適切な対応ができる環境を整えることが重要です。例えば、24時間体制の訪問看護サービスや、緊急通報システムの普及などが考えられます。

③ デジタル技術の活用
昨今、ビデオ通話で救急隊が見て重症度振り分けを行うサービスも展開されてきていますよね。今後もしAIの精度が高まれば、AIを活用した救急要請支援システムの導入も一案です。救急要請時に、AIが症状や状況を分析し、救急車が必要かどうかを判断するシステムを開発することで、適正な救急車利用を促進することができます。また、オンライン診療を活用して、軽症例は在宅での対応が可能な場合も増えてくるでしょう。ただし、AIを活用する場合でも責任の所在を明らかにする上で最終的な判断は医師をはじめとした「人」にゆだねられるべきだと思います。


(※1)不定愁訴:原因がはっきりわからないけれど、なんとなく体調が悪い状態

東京西徳洲会病院小児医療センター 小児神経科医師秋谷 進
1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。
金沢医科大学研修医、2001年、国立小児病院小児神経科、2004年6月、獨協医科大学越谷病院小児科、2016年、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科を経て、2020年5月から現職。
専門は小児神経学、児童精神科学。
1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。
金沢医科大学研修医、2001年、国立小児病院小児神経科、2004年6月、獨協医科大学越谷病院小児科、2016年、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科を経て、2020年5月から現職。
専門は小児神経学、児童精神科学。
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