読み終わるまでに、約10時間、一気に読ませる本である。600ページ、縦2段組の分厚さを見て、思わず引いてしまう人も多いだろう。「社会派小説」と銘打たれると、なおさらかもしれない。事実、読み終わるまでにはかなりの時間と労力が必要となる。そして、参考文献は50件以上。作者の調査に関わる熱意が伝わってくる。
内容の大半は、裁判に関わることである。社会派小説とみなされるように、法廷の場面や、裁判官、検察官、弁護士などのやり取りも多い。この小説が主に日本の司法制度で問題とする点は、長過ぎる勾留期間(裁判所が検察の勾留申請を、あたかも自動販売機のように許可を出している点)、検察の自白至上主義、裁判官の官僚体質などである。
主人公は司法試験に受かって、研修を経た新人の女性弁護士だ。この小説の主たる事件は、10代の女性に対する2件の連続暴行殺人事件である。残忍な犯行は、読者を理性よりも感情が支配する世界に送り込む。容疑者は、中年のさえない引きこもり気味の男性である。中年の男性が10代の少女を強制的に犯し、殺害するという、感情的に許すことが出来ない状況を作り出している。この事件を通じて、作者はミステリーだけでなく、日本の刑事裁判の問題点を鋭く指摘する。警察、検察のみならず、裁判所にも昔ながらの上下関係があり、自白優先主義などが残っていて、取り調べが可視化されてもなお、不当な自白の強要が行われていることに警鐘を鳴らす。検察の取り調べが可視化されたと言っても、裁判に提出される部分的なビデオ画面が、かえって自白の信憑性を増す結果になることもある。
日本では、検察に起訴された事案の99.9%が有罪になっている事実がある。これは、諸外国よりも大幅に高い有罪率だ。この高い有罪率は、日本の検察の優秀さをあらわすのか、あるいは、有罪に出来る事案しか起訴しないためなのか、あるいは、この縛りが、無理な自白、起訴に至る誘引となっているせいなのかもしれない。そして、この有罪率が最後、裁判に意外な展開を引き起こす原因ともなっている。
なお、問題は自白優先主義だけではなく、逮捕後48時間以内の検察送致の後、検察官は、「証拠隠滅の恐れがある」「逃亡の恐れがある」などの事情があれば、被疑者を受けてから24時間以内に裁判官に対し、より長期の身体拘束を求める勾留(最大20日間)の請求が出来る。問題は、ほとんどの裁判官は、この勾留を認めることにある(この物語では、裁判所は「自動販売機」のように許可を出すと揶揄している)。そして、この勾留期間中、容疑者は親族との面会は許されない。なお、検察の取り調べの場合、弁護士の同席を認めている国も多いが、日本では弁護士の同席は認められていない。
「人質の法廷」の意味は、長い勾留期間にある。かつて起訴、拘束された、大川原正明氏は1年足らず、鈴木宗男氏も1年5ヶ月、少し昔の話になるが、戸塚宏氏は1100日(約3年)勾留されていた。これが、「人質」の意味である。つまり、面会が制限され、不自由な環境で長期間の勾留が許され、保釈が認められないことであり、裁判所が簡単に勾留に同意することが、嘘の自白を生み、それが検察の有罪根拠となる。保釈を行わない理由を、証拠隠滅のおそれ、逃亡のおそれを上げているが、実際にそれらの可能性と、勾留されることとの苦痛を天秤にかけると、やはり「人質」に近いものであると思われる。そして、罪を認めさえすれば、保釈が可能となるのである。
権力の横暴は、一部の人達の努力では、なかなか崩すことが出来ない。やはり、権力の行き過ぎを抑制出来るのは、国民の人権に対する意識の高さであり、それらは比例して推移することは確かだろう。
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