日本型多文化共生の道程を考える

日本の多文化共生はどう進んでいくのだろうか。異文化間心理学に携わる者の眼で見ると、“西洋とは少し違う発想を持つ必要があるのではないか”という気がする。西洋文化圏における多文化共生の前提は、「人はそれぞれ違う」ということであり、個人の差異を認めて尊重するべき、それが個人の権利であり人権を守ること、といった発想が感じられる。違いを強調し、認めるよう働きかける。心理的な傾向としては、西洋文化圏の価値観が背景にあるように思われる。世界の文化を比較した心理学の調査(ホフステードら、2013)で、個人主義-集団主義傾向をみると、西洋の国々は世界の中でも高い個人主義スコアを示している。ちなみに日本は世界の中位で、アジアや中南米はより集団主義的と報告されている。

日本は、西洋からは相対的に集団主義的にみえる。確かに日本ではより内集団を重んじ、同質性を気にかけているかもしれない。このような文化的特徴を考えると、異質な集団との共存を可能にする発想として、「違い」の尊重だけでなく「同じ」の尊重に着眼するのも一案ではないか。日本で生まれた国際的な医療支援団体が、西洋の団体は人権を支援の基本理念とするが、日本はアジアの仲間意識で働きかけるほうが説得的だと述べていた(菅波、2006)。これは通底する規範として、より集団的な発想があると考えれば理解できる。

心理学の研究は、異文化接触における共通性への着眼という、この発想に示唆を与えてくれる。日本人学生を対象に、同じサークルに所属した留学生にどの程度日本的な文化行動を求めるかを調べた研究がある(田中ら、2011)。学生らは、完璧な日本語や完全な日本的規範の遵守よりも、自分たちと一緒にやる姿勢や努力を見せてくれるかどうかを重視していた。不完全でも間違いがあっても、人と人との関係では、姿勢次第で味方になり、支援していく意欲がみられたのである。また、日本人従業員が外国人従業員とどう接するかを調べた研究では受け入れ側の心理的要因の関与がみられ(前村、2010)、日本人学生対象の実験では異文化受容態度が共感性と肯定的に関わっていた(前村、2009)。共感性は一般的な心理的性質として測定される変数だが、この傾向が高い日本人ホストのほうが、外国人ゲストに歩み寄る発想や姿勢を持っていたと解釈される。さらに、日本人大学生を対象としたムスリムのイメージ調査では、自身も宗教的な感覚を持っている学生ほど、ムスリムの宗教性を否定的に見てはいなかったのである(Nakano & Tanaka, 2022)。そもそも、大学生を対象に外国人、高齢者、同年代の社会人など、何らかの異質さがある集団との接触意識を調べた研究では、外国人だけを避けるというより、同質性が高くない集団に対して、総じて交流に消極的な傾向が認められている(田中ら、2012)。

文化による差異が確かにあるなら、それをどう捉えれば良いか。異文化間心理学では、「人間理解の三層モデル」を基本とする考え方がある(ホフステードら、2013)。最下層は「人間としての共通性」で、例えば楽しければ笑う、悲しければ泣くなどである。中層は「集団の特徴」で、例えば関西と関東では好まれる笑いが違う、社会規範として男性は人前で泣くなと教えられるなどがある。最上層は「個人の個性」で、例えば笑い上戸や涙もろいなどである。三層を合わせて、一人の人が成り立っているとみる人間観である。

異文化接触が少なかった時代には、中層抜きの二層モデルで人をみていた節がある。人間としての共通性のほかは、個人の特性と見なした。心理学は、かつてこの見方ゆえに異文化圏の人を適切に理解できなかったことがある(シーガルら、1995)。西洋の知能テストを他国で使い、点数が低いから知能が低いと判断したりした。実際は社会的文脈や常識の違いが、正答を妨げていたことに後から気付いた。文化の軽視、共通性の楽観である。今では、心理現象の文化差は適切に把握すべきであり、それが心理学を真にユニバーサルなものにする過程だとの主張がみられる。

三層モデルは人間と文化の関係の基本枠組みになる(田中、2022)。人は成長に伴い、社会化する過程で文化化が起きる。すなわちその文化らしさを身につけていく。しかしその文化的特徴を個人の特徴と見てしまうと、評価がずれたり誤解が生まれたりしかねない。例えば、男性の経営者が謝罪会見で涙ぐむ映像を、日本では道義的責任感の現れとみても、西洋文化圏では責任者らしからぬと否定的に評価されることがある。つまり人に現れた差異を、最上層の個性だけに帰属してしまうと、染みこんでいる集団の特徴を見逃す可能性がある。もちろん、文化だけに注目するのも適切ではない。中層だけで考えたら、文化決定論に陥る。最下層だけで考えても、人は皆同じという単純な人間観が差異の認識を阻むだろう。

中層を補うのが文化学習だが、差異への注目を高め偏見を助長するとの批判がある(佐野、1992)。しかし三層モデルの視点で考えて欲しい。異文化に出会う機会が乏しければ、差異を知る機会は乏しい。文化学習で知識を補い、異文化間教育で異文化接触の力動を理解することには意味がある。中層を理解した上で、人として同じところもあるという基本を確認し、さらに先には個人の個性による分岐が生じることを想定するのが、異文化間心理学の勧める文化差の見方となる。問題は、人に現れる異同を適切に位置づけたくても、どの層によるかが明示されるわけではないことだろう。判断は受け手の知識や経験、態度次第である。衝突する集団間では肯定的な解釈は難しくなるなど、社会的関係性の影響も否めない。葛藤が生じてから、理念で押しつけても共生の道は険しい。だが平素の生活の中で、異なるところを理解すると同時に、共有できる視点や歩み寄りの体験を意識的に持っておき、同じところも認識しておくことならできるのではないか。日本型多文化共生を育むには、一緒だと感じる文脈を見出すことが鍵になるとの発想は、日本だからこそ一層の意味があるかもしれない。

現実には、異文化滞在者の側がどのような接点を望むかという問題もある。在日留学生の調査では、日本語を習得せずに英語で過ごす留学生に、社会性のハンディが認められた(Simic et al.、 2011)。彼らにとって日本での異文化滞在は、文化学習の機会というより道具的、手段的な面が強いのかもしれない。日本語力を求めず英語で学べるコースは、在日留学生数を増やして、英語での交流や発信力を高める戦略の一つとされてきた(堀内、2018)。そこでは日本社会との接点は必ずしも求められない。いずれは日本人こそが英語力を高めるべきとの意見も根強い。だが今、既にいる人たちがどう過ごすのかは、今考えるしかないことである。この点で、異文化滞在者の社会性のあり方は多くのことを問いかけている。

福祉心理学者の友人は、この三層モデルを優しい人間観と評していた。人も集団も違うところはあるが低層は同じだからわかり合えると読むのだという。日本の多文化共生は、日本の感覚と価値観に馴染んだ形で育っていく可能性を持っているように思われる。まだ実証はできていない。これからの私たちの生活が実証になるだろう。

引用文献
ホフステード,G.・ホフステード,G.J.・ミンコフ,M (岩井八郎・岩井紀子訳) 2013 多文化世界:違いを学び未来への道を探る 原書第3版
堀内喜代美 2018 英語プログラムと留学生受け入れ姿勢の関係性-入試要項から見える傾向とアンビバレンス- 留学交流 87, 15-23
前村奈央佳 2009 共感力と異文化受容態度との関連性:ゲーミング・シミュレーション実験による検討 異文化コミュニケーション 12(12) 69-84
前村奈央佳 2010 Language and Empathy for Intercultural Contacts: Social psychological investigation of intercultural acceptance in Japan. Kwansei Gakuin University Graduate School of Sociology 博士論文
Nakano, S. & Tanaka, T. 2022 Relationship Between Religiosity and Receptive Attitude Toward Muslims Among Japanese Students. The Asian conference on Psychology & the Behavioral Conferences, 2022 Official Conference Proceedings,65-81
佐野秀樹 1992 カルチャーアシミレーター 現代のエスプリ299・国際化と異文化教育・日本における実践と課題 至文堂
シーガル, M. H.・ダーセン, P.R.・べーリー, J.W.・ポーティンガ, Y.H.(田中國夫・谷川賀苗訳) 1995 比較文化心理学人間行動のグローバル・パースペクティブ 北大路書房
Simic-Yamashita, M. & Tanaka, T. 2011 Examining the Effects of Japanese Context and Willingness to Communicate on the Sociocultural Adaptation of International Students in Japan. Progress in Asian Social Psychology Series, Volume 8, "Individual, Group and Cultural Progress in Changing Societies" 58-75
菅波茂 2006 国際貢献の現場で活躍できる人材とは(特別講演2) 日本教育心理学会第48回総会発表論文集 A20
田中共子 2022 異文化接触の心理学-AUC-GS学習モデルで学ぶ文化の交差と共存 ナカニシヤ出版
田中共子・高演愛 2012 大学生における対人関係形成の困難に関する原因認知一高齢者、子ども、外国人、社会人、学生との関係について一 文化共生学研究 11, 35-44
田中共子・畠中香織・奥西有理 2011 日本人学生が在日留学生の友人に期待する行動:異文化間ソーシャル・スキルの実践による異文化間対人関係形成への示唆 多文化関係学 8, 35-54

岡山大学 教授 文学部長田中 共子
1985年筑波大学卒業、1987年同大学院修了、広島大学大学院およびワシントン大学大学院で学び、1997年早稲田大学にて博士(人間科学)。
専門は異文化間心理学、健康心理学、社会心理学。
これまで岡山市社会福祉協議会事業推進委員、倉敷市コンビナート防災審議会委員などを務めてきた。
異文化滞在者が健康で、安全・安心を感じて暮らしていけるよう、知恵を集めていきたい。
1985年筑波大学卒業、1987年同大学院修了、広島大学大学院およびワシントン大学大学院で学び、1997年早稲田大学にて博士(人間科学)。
専門は異文化間心理学、健康心理学、社会心理学。
これまで岡山市社会福祉協議会事業推進委員、倉敷市コンビナート防災審議会委員などを務めてきた。
異文化滞在者が健康で、安全・安心を感じて暮らしていけるよう、知恵を集めていきたい。
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