オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』では、個人の違いは嫌悪され、すべてが同じような人種で構成された社会である。苦痛は、「ソーマ」という薬で除去される。妊娠、出産に伴う苦痛は、人工子宮のため存在しない。苦しいことは悪とされている。西暦2049年に「九年戦争」と呼ばれる最終戦争が勃発し、その戦争が終結した後、全世界から暴力をなくすため、安定至上主義の世界が形成された。この世界では、正常が当然とされ、正常から外れるものは悪であり、存在すべきものではないとされる。世界は、平均的な人たちのみで作られ、平均より外れる人は社会の外に追いやられ、それなりの「居心地を良くした」施設で生活する。これは小説の世界でなく、現代はまさしく、このような世界に向かい、特に日本ではその傾向が強いのではないだろうか?
日本の「施設」数の多さには定評がある。「施設」とは、アーヴィング・ゴフマンが示した、「全制的施設」に近いものだ。そこは、多数の類似の境遇にある個々人が、一緒に、相当期間にわたって一般社会から遮断されて、閉鎖的で形式的に管理された日常生活を送る居住と仕事の場所である。このような施設は、長期入院の医療機関、特に精神病院、障害者施設、知的障害児に対する支援学校、高齢者施設がある。ノーマライゼーションの運動が起こった1960年代から、多くの国では施設を廃止し、一般住宅に住まう運動が始まった。人間らしく自由な生活を送るためには、「施設」は不向きであるとの判断からだ。なぜなら、「施設」では、「管理」「安全」が優先され、個人の「自由」は抑圧されるからだ。対象は、障害者施設、高齢者施設、精神病院などである。結果的に先進諸国においては、これらの施設は廃止あるいは大幅に縮小された。日本でも一時的に、ノーマライゼーションの運動は盛んになり、「脱施設化」が進められようとしたが、その後、挫折している。
なぜ、日本での「脱施設化」が挫折したかについて、高齢者施設を取り上げてみよう。1990年代から従来の老人ホームの典型である「特別養護老人ホーム」の改革が目指された。ゴフマンの「全制的施設」からの改革だ。まず行われたのが、多人数室の個室化である。この時点で早くも抵抗が生まれた。個室化に伴って入居費用が上がり、これに対する不満が表面化した。ただしこの不満は、入居者本人でなく、家族からである。当然ながら、所得や資産によっての費用軽減措置はあったが、問題はそこにはない。それは、自宅で暮らすには困難を伴う高齢者に対して、社会から離れた「施設」に収容し、社会から隔絶することを意図したもので、普通の「住まい」に暮らすことを前提としてものではなかったのだ。つまり、社会から切り離された生活を送り、その実態を社会から見えにくくする。これらは、他の「全制的施設」と同じ意図を持っている。「施設」にこだわれば、そこには当然ながら「安全」「管理」が優先され、「自立」「個別化」「自由」は優先とみなされない。結局いくら内容を変えても、「施設」であることを前提とするなら、「自立」「個別化」「自由」は実現されない。一般社会から切り離された障害の強い高齢者は、むしろこの様な「施設」こそが、幸せに生きるために、また、家族のためにも必要な場所であるとの認識が一般化したのだ。障害者施設でも同様だ。これでは、まさしくハクスリーの『すばらしい新世界』そのものだ。
北欧の国々では、ノーマライゼーション(普通の生活)を実現するためには、施設を廃止する以外に、社会との一体化した生活、自由や尊厳を守る生活はなく、「脱施設化」つまり施設を廃止するしか方法がないことを認識した。結果的に、高齢者施設、障害者施設、精神病院などを廃止したのだ。高齢者施設は高齢者住宅に、障害者施設は自宅やグループホームに、精神病院も大部分は廃止され短期間の治療のみを対象とするように変わったのである。施設をなくした世界では、個人の領域にはあまり踏み込まず、個人が一定の「リスクを取る」ことも前提とされ、必要な場合にのみ援助が行われた。
日本の高齢者住宅は結局「サービス付き高齢者向け住宅」「住宅型有料老人ホーム」など、施設形態を残し、住宅への転換ができないままに推移した。その結果、起こるべくして起こるような現象、高齢者の無気力感、虐待の発生、介護費用の増加、そして変わらない在宅介護への懸念、仕事と介護の両立の難しさなどが問題となっている。
結局、日本では高齢者や障害者の自由、自立に向けた積極的な取り組みがなされないまま、高齢者・障害者の保護、援助が優先され、保護的に生活を助けるためのみに細かいケアプランが作られる。「自由」は邪魔なことなのだ。これらの「施設」においての、自由と自立に基づく生き方は、「脱施設化」つまり、施設自体を廃止することによってのみ実現することが出来るが、もはやその考えは失われているように思われる。
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