人間は現実の中で生きている。現実の問題をうまく解決することに一生懸命だ。しかし、これを解決出来ないことも多い。問題を解決できないのは、ある種の思い込みに囚われているからだ。思い込みとは、現実に基盤をおいて見ることに囚われている思考方法から起こる。思考は自由であると思われがちだが、そうでなく、人間は現実に囚われているので、それ以外の発想を取ることは少ない。
理想(理念)を問うことは、現在の絡まった状態を脇において、空想でもよいから、最も望む状態を問うことだ。しかし多くの人は、「君の理想はなんですか?」と問われると、困ってしまう。日常生活では理想(理念)は思い浮かばない。理想(理念)は自分の欲求から生じるはずだが、実際には、現実に囚われている人達は、欲求が元々少ないか、欲求を制限しているため、欲求があることは間違いないが、いっこうに具体性を示さず、どの様な理想(理念)を示したらよいのかがわからない。理想(理念)を思い描くためには欲求があること、そして、欲求が具体性を持つことが必要だ。欲求の無さ、あるいは弱さは、生きる方向を義務付けられて、大企業や安定企業に就職し、その範囲内で無難に業務をこなすことなどから生まれる。欲求は一定限度で留まり、それ以上に拡大することはない。しかし、それ以上に欲求がある場合も、それが具体性を持つことがないと、欲求として意識することができない(単にもやもやしているだけだ)。
欲求が具体性を持つためには、欲求と何かを結ぶ知識が必要だ。世の中の理不尽に対して世の中を変えたい欲求がある場合、それが「マルクス主義」「新自由主義」のような知識と結びつくことによって具体性を帯びるようになる。あるいは過去、現在の賢人の考えと結びつくこともある。そのような知識がなければ欲求が形を取りえず、具体的な考えすら表面化しないことが多い。結果的に、描くことが出来る理想がない場合は、現実の中で考えが閉じ込められ、虚しく回転するに過ぎないことが多い。つまり、考えとは、現実からの乖離と他の知識の助けが必要になるのだ。
現実の中に閉じ込められていたのは、江戸期の日本でも見られる。この時代は、前例を踏襲し、細かいことを大きく見せ、内向きの世界の中に閉じこもっている状態だった。これを変えたのは、新しい知識である。開国以前から長崎を経て輸入された書籍によって、科学的知識が浸透していった。前例を変えるのは、新しい知識によって、世界を見るしか方法がないのである。開国後は、さらに大量の知識が日本に流入し、既存の考えが崩れていった。しかし、新しい知識だけでは新しいことは出来ない。現実に対する欠乏欲求も必要である。
このように、日常の考えから離脱するための理想(理念)を得るには、目下の欲求を持つことの他にも、自分の世界以外の世界があることを知ることが大切だ。とりあえず最も有効なことは、書籍からの知識である。しかし、考えは現実に常に拘束されているので、書籍からの知識だけでは不十分で、実際に知識を体験することが必要かもしれない。
組織で理想(理念)を作るときに、現実を生きて、現実に取り込まれている人達が理想(理念)を作ることは難しい。現実の状態から何らかの欲求が芽生え、その欲求に基づき理想(理念)を作ることが出来そうに思われるが、現実に囚われている状態では、実際には難しいのだ。欲求が果たして実現するものなのかどうか分からないし、第一現実に囚われている身から、具体的な欲求が出ることも多くはない。しかし、欲求が実現している世界を知ると、考えが大きく変わる。例えば、理想(理念)として高齢者一人ひとりの自由を実現し、人権を守ることと、事故を防ぎ、高齢者の安全を保つことを理想(理念)としても、実際には規則に縛られた生活で、人権を侵すことを日常的に行っている世界において、理想(理念)は実行されない。自由な生活で、人権が守られている世界を実際に見ること、そして詳細に見ると現実との違いがどこにあるか実感することによって初めて、理想(理念)が生まれる可能性はある。
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