4月24日に人口戦略会議が公表した「消滅可能性自治体リスト」は、10年前(2014年)に日本創成会議が発表した「消滅可能性都市リスト」の事実上の焼き直しだった。若年女性が今後30年間で半減以下となる自治体を一覧して「消滅可能性」のラベルを貼ったという点ではまったく同様であるし、「ブラックホール型自治体」についても、10年前に増田氏が説いていたことである(増田寛也「戦慄のシミュレーション 2040年、地方消滅。「極点社会」が到来する」『中央公論』2013年12月号)。
10年前と異なるのは、自治体関係者の反応である。10年前は「消滅」というインパクトの強い言葉に動揺が広がり、政府や自治体あげての地方創生政策につながったが、今回は、自治体関係者からはむしろ冷淡とも言える反応が目立った。「(同リストは)日本全体の問題を市町村の問題にすり替えている」(島根県・丸山知事)。「近隣の市町レベルで人口を取り合っているだけ。国が腹をくくって、社会全体の取り組みをしなければ(解決は)無理だ」(広島県・湯崎知事)。このように自治体関係者に広がっているのは、「そもそも人口減少問題は自治体ごとの問題ではなく日本全体の問題であり、政府の責任で対応すべきである」との認識である。
この認識はもっともである。減りゆく人口を自治体相互で奪い合ったところで、自治体を消耗させるのみ。政府は自治体に少子化対策を競わせることで出生率の底上げを図ったが、これも子ども医療費や給食費の無償化など給付合戦に陥っている。
そして、この消耗戦の行き着く先は財政力のある東京の独り勝ちである。実際に、東京都は潤沢な税収を背景に、高校授業料無償化の所得制限撤廃、18歳以下への月5千円の支給などを次々と打ち出しており、財政上の限界からキャッチアップできない近隣県との格差が生じつつある。このままでは東京への一極集中はますます加速しかねない。
自治体間の切磋琢磨はあってよいが、人口をメルクマールにしてその獲得を争うのはもうやめにしないか。移住者の獲得やそのためのPRなど外の目ばかりを意識して浮足立った人口減少対策から、元からの住民であれ、移住者であれ、目の前の住民とともに腰を据えてウェルビーイングの向上に取り組む定住対策への転換である。自治体の本分は、1人2人…と住民を数えてその数を増やすことではなく、住民1人ひとりが幸せに暮らしていけるようにすることではないか。
ウェルビーイングの捉え方は個人や地域ごとに多様であり、数値化して比較できるものではない。昨今、ウェルビーイング指標やそれを用いたランキングなどが流行りつつあるが、ウェルビーイングをめぐる不毛な自治体間競争が起こっては元も子もない。そうしたものに惑わされず、1人ひとりに耳を傾けながら丁寧に施策を進めていくことが、ウェルビーイング向上のための鉄則である。
また、ウェルビーイングとは「すべてが満たされた状態」であるとの理解が広がっているようだが、筆者の見解は若干異なる。少なくとも自治体は「すべてが満たされた状態」を目指すべきではない。「自治」とは限られた資源の中でやりくりをしながら、皆が納得できるよう折り合いをつけていくプロセスであり、「すべてが満たされた状態」を目指したら破綻する。
では、目指すべきウェルビーイングとは何か。それは、「《ほどよい状態》を《続けていく》こと」である。アリストテレスや孔子が"中庸の徳"として説いたように、あるいは貝原益軒が『養生訓』として説いたように、《ほどよい状態》を体得して実践し続けていくことがウェルビーイングの枢要である。
《ほどよい状態》というのは主観的なものであって、何か絶対的な基準値があるわけではない。たとえば蕎麦を打つのに、何℃の水を何cc回せば良いのか決まった数字はない。だが何度もやっているうちにだんだんコツがわかってきて、その日の天候などに合わせた適切な水加減がわかるようになってくる。このように《ほどよい状態》とは、試行錯誤しながら良い塩梅を探っていくうちに次第に身についていくものである。そして一度身につけた感覚はそう簡単に忘れるものではないから、《続けていく》ことができる。
したがって、自治体が「ウェルビーイング」を目指すための王道は、「こまめに実践を重ねること」─住民1人ひとりに向き合いながら、良い塩梅をともに探り続けていくことである。そしてこうしたこまめな実践を繰り返すことができるのは、図体の大きな国ではとても無理であり、自治体(特に市町村)をおいてほかにない。地方分権改革の意義の1つはここにある。
自治体は、試行錯誤を恐れずにこまめに自治の実践を積み重ね、それぞれの《ほどよい状態》を探ってほしい。「近き者説(よろこ)び、遠き者来(きた)る」とも言う。迂遠のように見えて、結果的にはこれが人口減少対策の一番の近道かもしれない。
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