十二縁起に示されるように、仏教では「世界は因果によって形作られていて、すべてのことは因果関係によって決められる」と考えられている。17世紀の哲学者スピノザも、「世界(神)は、因果関係(原因と結果の法則)で満ちているし、人間の自由意志が入る余地は少ない」と考えた。そうすると、人間が自由に考えて、自由に行動することは無いのか?という疑問が生じる。
あなたが“椅子から立ち上がろう”と考えて、手足を動かし、椅子から立ち上がったのは、あなたの意志(自由意志)によると考えるだろう。しかし、生理学者・医師のベンジャミン・リベットは、それを否定した。なんと、あなたが立ち上がろうと「意志する前」に、脳がすでに活動の指示を出していたというものだ(下図参照)。一連の脳の動きを点検すると、あなたが立ち上がろうと「意志」するのは、実際に行動を起こす0.2秒前である。これは、脳電位の測定から得られた実験の結果である。立ち上がろうと思った後に行動したのだから当然であると思われる。これはこれで良いのだが、問題は、「意志」が発生する(立ち上がろうと思った)さらに0.35秒前に、無意識的な「準備電位」が脳に現れていたことである。つまり、自分が「意志」する以前に、その動作が準備されて、決断が下されていたことになる。この実験は大きな波紋を及ぼし、「自由意志」は幻想であるかも知れないことに繋がった。なぜなら、人間が意志する前に、その意志することが脳に読み込まれていて、必然的に因果関係に組み込まれていることになるからだ。われわれは、自らの意識的な意志が行為を引き起こしていると感じているが、これは一種の錯覚だというのである。
因果性の流れは、個人の意志が表面化するかどうかの問題だ。心の中に何かがあり、それをもとにした行動が起こる。これはほぼ因果性に基づいている。この過程では、自由意志は決断のみに有る。リベットの実験のように、決断過程の前にすでに行動が決定されているなら、何らかの要因が「自分が決断した」と自由意志によって決める前に、すでに自由意志に「よらない」決断がなされていたことになる。このことは、人間の意志が自然の何らかの力によって左右されていることを示唆している。この力とは、「神」なのだろうか、あるいは、意志とは、実は決定論的な力を承認するだけのものなのだろうか。
人間が行動する場合には、意志を持って行動する場合と、無意識的な行動とがある。すべての行動が意志を持って行われるのではない。むしろ、意志を持たずに無意識的な行動のほうが圧倒的に多いのではないか。無意識的な行動について考えると、因果関係から行われる動きと、それに反して、意志をもって行われる動きが区別できる。無意識的な行動は因果関係のもとに行われるが、それを意識的に中止することもある。すべての行動が意識的ではなく、すべての行動が無意識的に行われるのでもない。人間は事前に習得した習慣や嗜好によって、無意識的な行動をするのである。しかし、自由意志はその無意識的行動を阻止できる面もあることを示している。つまり、人間の行動の大部分は意志によらない行動であり、自動的に行われる。ただし、その一部に意志が入り込む余地がある。これはどの程度の範囲なのだろうか?
不適切な行為、たとえば夜中にアイスクリームを食べてしまうのは、衝動を抑える脳の働きが十分でないからかもしれない。電車で老人に席を譲ろうとしなかったのは、共感を司る部位の働きが十分でないからかもしれない。このように議論を進めていけば、意識的と無意識的行為に関係なく、否定的に評価される行為には、行為者が完全な自由意志のもとで行い、完全に責任を負うことのできるものは存在しなくなってしまうように思われる。イギリスの進化生物学者・動物行動学者のドーキンス(*1)が懸念するように、悪はすべて脳の故障であるということになってしまうかもしれないのである。自由意志が存在するかどうかは、その意味で人類にとって大切な課題である。
(*1)クリントン・リチャード・ドーキンス:イギリスの進化生物学者・動物行動学者である。『利己的な遺伝子』をはじめとする一般向けの著作を多く発表している。生物は、遺伝子の乗り物であるとの有名な説を述べている。
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