今世界は分断されているというが、国家対国家の分断はともかく、国の内部の分断も数多く存在する。これらの分断は、民族的相違によるものが大半を占める。具体的には移民を巡る混乱が多くなっている。移民をめぐる問題は、失業や賃金などの経済的問題にすり替えられやすいが、本質的には民族特有の文化の違いによる違和感だ。この対立は、近代の西欧的個人主義から見ると見当違いのように思われる。人間の権利は皆同じであり、民族の違いによって違和感を抱くのは、移民の人権を理解していないからだと見なされる。移民を巡る対立は、一部の民族主義者が経済的問題を持ち出すことによって分断を煽り、余計に先鋭化している。しかし、経済的格差は移民をめぐる問題の本質ではない。格差は移民の影響ではなく、産業構造の変化によるものだ。本質的な問題は、ジョセフ・ヘンリックが示す、非西欧的な考え方(非WEIRD(*1))と、西欧的な考え方(WEIRD)の対立である。
人類の本来的な特徴(非WEIRD思想)は、他の類人猿と同様に、身内を大切にし(氏族意識が強い)、感情が優位にあり、人間関係を重視し、集団への同調力が強いことなどが特徴だ。この集団は、同胞を大切にして、お互いの感情を重視するために、異民族集団に対する警戒心が強い。そして、自分たちの集団的合意を大切にする。しかし、集団の合意は急に変えることは出来ないので、昔からの習慣が優位となる。古いものに愛着を感じ大切にする。この集団にとって伝統は極めて重要だ。従って、必要ではあっても、異集団が自分たちの文化の中に侵入することには、大きな抵抗を感じる。このようにして運営されている社会は、異種の習慣を持つ人たちに対して、排他的態度を示す。これが、ホモ・サピエンスである人間の内部に普遍的に存在する、伝統的な非WEIRD的思想である。非WEIRD的文化は、西欧の法体系を取り入れていても、キリスト教の影響をあまり受けていない東アジア、南アジア、アフリカ、中東などで際立っている。人口比でいうと非WEIRD的な潜在的文化を持つ国のほうが、WEIRD文化を持つ国より多い。
一方で、世界は文明の発達に伴って、16世紀以来、貿易や人材の相互交流が必要となっている。このような時代的背景に支えられた西欧的なWEIRD文化は、文化的違いがある民族同士の交流や貿易を行う際に必要となる。その結果、非WEIRD的文化を持つ国でも、法体系や倫理制度にWEIRD文化は取り入れられている。移民の排斥は、外部から取り入れられた、西欧的WEIRD文化に対しての反乱が民衆の中から起こっているのだ。
さて、日本であるが、非西欧的文化基盤(非WEIRD的)と、西欧的な法体系(WEIRD的)双方が整っている典型的な国だ。日本国憲法もWEIRD的西欧的価値体系を体現したものである。そして、WEIRD的西欧的文化基盤は「進歩的」であると見なされている。その反面、日本では本来の人類が持っていた、身内を大切にし(氏族意識が強い)、感情が優位にあり、人間関係を重視し、集団への同調圧力が強いなどの特徴は、頻回に社会に顔を出す。この様な非WEIRD的文化は、なんとなく無視されつつも、かなり強い基盤を持っている。政治的には、非WEIRD的文化基盤は保守的党派を代表する。この支持基盤は、中小事業者、農村などの日本に根付く文化を持った人たちである。これらの集団は、身内を大切にし(氏族意識が強い)、感情が優位にあり、人間関係を重視し、集団への同調力が強いなどの特徴を持つ。二世議員が当選しやすいのは、選挙民が自然に氏族的感情(血縁感情)を持つからだろう。
昔から個人主義に対するのは集団主義であり、西欧的価値観で克服すべきは、集団主義的全体主義思想であると認識されてきた。この分断軸では、全体主義に対する個人主義は、民主主義と同意語として見なされ、承認される。しかし、西欧的価値観を有する思想が、集団的合意を重視する氏族中心的価値観と対峙する場合は、少し意味合いが異なってくる。集団主義でもいわゆるファシズムを代表とする全体主義と氏族的考えから発生した民族主義的集団主義とは様相が異なるのである。日本が人口減少によって、移民を大量に導入する際は、民族主義的集団主義と個別主義的思想との食い違いは大きく現れるだろう。この相違こそ、日本が解決しなければならない大きな問題である。
(*1)WEIRDとは、western(西洋の) educated(教育を受けた) industrial(工業化されている) rich(豊かな) democracy(民主主義国)で暮らす人たちの特徴である。
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