良好な人間関係が外国人労働者との共存を可能にする―ネパールからの労働移民の背景より-

なぜ母国および家族から離れ、他国に行くことを選択する人が存在するのだろうか。その理由は一つだけではなく、個人および国の事情によって異なる。理由は「任意選択」と「強制選択」である。その理由が、キャリアの発展、新しい経験、異文化の体験、教育、経済的利益などの場合は「任意選択」である。一方、国内での雇用機会の不足、貧困問題、政治的不安定、紛争などによって、日常生活を送ることが困難になり、海外への労働を選択せざるを得ない場合は「強制選択」である。

ネパールの場合、ほとんどが「強制選択」である。ネパールの国勢調査2021によると、全人口の8%にあたる約220万人が国を離れている。(*1)また、海外で働く人々からの送金額は、ネパールの対国内総生産(GDP)比率で約22.8%を占めている。(*2)

ネパールでは、国から出ていくことは特別なことではない。では、ネパールの人々はどのような移動を行っているのだろうか。社会的・経済的立場の低い人々は主に中東のカタール、ドバイ、クウェート、サウジアラビア、マレーシアなどに行く。一方、社会的・経済的立場の高い人々、質の高い教育を受けている人々、社会的ネットワークのある人々は、留学を選択する。行き先は、アメリカ、イギリス、オーストラリア、日本、欧州などであり、今後もさらに増加するだろう。近年、このような先進国では労働ビザでも行くことができるようになった。例えば、イギリスの季節労働ビザ、ヨーロッパの国々では農業、工場などでの労働ビザで行く人々が増加している。

現代奴隷という悪名がついたカタールでは約400万人のネパール人が労働している。また、ロシアの兵士として国を離れ戦争に巻き込まれた人々もいる。NHKの山本健人と野原直路による2024年2月23日のニュースによると、2024年2月時点で、ロシア兵士になっているネパール人の数は200人に上っている。ロシア兵を選択するのはなぜだろうか。このような選択をする人は、お金を稼ぐ以上に、ロシア兵として1年働くことで、ロシアの市民権を得て、さらにヨーロッパへの移住を計画している。しかし、現実にはロシア兵となり命を失っている人が多くいる。

ネパールの移民はこのような命がけのリスクを背負うことがある。その危険に対してはいくつかの施策を提示できる。第1は、命が危ぶまれる場所に行くことができないように厳しく管理する、第2は、正確な情報を提供する、第3は、自国で労働機会を増やす、第4は、より安全な国への労働機会を増やすことである。第1から第3までは、本国の様々な状況によるが、日本の協力により第4の施策は実現可能であると考える。

ネパールから技能実習制度や特定技能制度で日本により多くの人が行くことは、ネパール人の命が守られることにつながると考えられる。日本は少子高齢化によって、労働力の不足問題が深刻になっていくことが予測されている。一方、ネパールの労働市場においては失業率が増加している。一人でも多くのネパール人を日本に呼び込むことができれば両国の問題解決に貢献できるだろう。

安全・安心に、楽しく外国人と調和のとれた共存できるより良い社会を構築するためには、日本政府だけでなく、送り出し国、外国人労働者、受け入れ機関及び地域住民の協力が必要不可欠である。外国人在留者は自分の日本滞在をより効率的、安全・安心にするためには日本語、日本文化、習慣、法律、ルールといった社会制度について知識を増やしていく必要がある。また、日本の市役所などの行政機関及び受け入れ企業が、日常生活に必要な情報を正確に分かりやすく提供することが必要である。例えば、労働条件、保険、税金、ごみ処理などの情報を外国人がわかりやすく説明し、納得させる必要がある。

しかし、「日本の社会制度が崩れてしまう」「外国人は危ない」「日本のルールを守らない」などと、これから外国人在留者の受け入れを増やすことを批判している人も多い。同じ社会に共存するために、ある程度お互いに理解しておかなければならないと考える。「なぜ日本に来ているのか」「どのような問題を抱えているのか」「日本の社会や自分自身がどのような利益を得ることができるのか」を理解できれば、外国人の受け入れを批判している日本人も状況を理解し、外国人労働者の受け入れが増加して行くのではないかと考える。

そのために、外国人労働者と日本人の間により良い人間関係を作ることが重要である。ハーバード大学の研究者が1938年から2022年まで約84年をかけて行った研究の結果をまとめた書籍『グッド・ライフ』では、「良好な人間関係は人々の幸福に最も重要である」と指摘している。人間関係は、片方のみでは作ることができないため、外国人と日本人の両方から積極的に協力して良好な関係を作ることが必要である。そのための第一歩としては相互のコミュニケーションである。

同書籍の中にシカゴ大学の研究が引用されている。研究者は電車に乗っている二人に2つの選択を与える。1つ目の選択肢は、『偶然に出会う人と話をする』。2つ目の選択肢は、『電車の中で音楽を聴いたり、本を読んだりして過ごす』。電車を降りてから彼らの経験を聞いた結果、偶然に出会う人と話をした人の方が、普段より楽しく感じたと回答している。日本でも、外国の人々と会話をし、国境を越えた文化をお互いに勉強し、交流、行動し、暮らすことができれば日本政府が目指している、調和のとれた共存できる社会の構築ができると考えられる。このように調和のとれた共存できる社会を構築し、発展途上国の人々に雇用機会を与えることによって、本人の命はもちろん、彼らの家族の日常生活も送ることと同時に日本企業が直面している問題も緩和できると考える。その結果、両国の住民が幸福度の高い生活を送ることが可能になるだろう。

ソシエタス総合研究所 研究員Karki Shyam Kumar (カルキ シャム クマル)
ネパール出身。2011年にトリブバン大学経営学部を卒業。3年間日本語を学び、2013年に留学生として来日した。博士課程では、発展途上国における貧困層の生活水準向上に関する研究などを行い、2021年3月に創価大学経済学博士の学位を取得。同大学経済学部で助教として勤務。2024年4月から現職。ネパール政府と日本政府による労働移動に関する政策や、送り出し期間の実態、日本で働いている技能実習生と特定技能が直面している課題について研究を行っている。
ネパール出身。2011年にトリブバン大学経営学部を卒業。3年間日本語を学び、2013年に留学生として来日した。博士課程では、発展途上国における貧困層の生活水準向上に関する研究などを行い、2021年3月に創価大学経済学博士の学位を取得。同大学経済学部で助教として勤務。2024年4月から現職。ネパール政府と日本政府による労働移動に関する政策や、送り出し期間の実態、日本で働いている技能実習生と特定技能が直面している課題について研究を行っている。
  • 社会福祉法人敬友会 理事長、医学博士 橋本 俊明の記事一覧
  • ゲストライターの記事一覧
  • インタビューの記事一覧

Recently Popular最近よく読まれている記事

もっと記事を見る

Writer ライター