ジョセフ・ヘンリックによると、WEIRDとは、western(西洋の) educated(教育を受けた) industrial(工業化されている)rich(豊かな)democracy(民主主義国)で暮らす人たちの特徴であるとされる。今や西洋の文化は世界に広がり、「普遍的価値観」とみなされている。その価値観とは、個人主義的であり身内の利害よりも法を大切にし、集団への同調傾向が少なく、感情より理性を優先し、分析的解釈を好むというものだ。世界に広がったこの価値観によって、多くの国の法体系は作られている。人権の尊重、個人の尊厳重視、法治主義などである。その法体系に伴って、個人の自由、多様性容認、男女平等、個別主義などが一般的に守るべき価値とみなされる。
しかし、30万年前のホモ・サピエンス誕生から現代までの歴史では、必ずしもそうではない。むしろ、人類が数を増やし繁栄したのは、「メンタライジング(心の理論)」を持ったからであると言える。メンタライジングとは、他者の心情を理解できること、自分がやろうとすることを他者がどのように考えているかを推察することが出来る能力だ。メンタライジングは他の動物(哺乳類など)には乏しく、類人猿との比較でも人類は際だって高い。メンタライジングの能力によって、人類はお互いにコミュニケーションが十分に取れるようになり、意思疎通が促進され、集団生活がうまく出来るようになった。狩猟採集生活では、個人で生きるよりも集団の力が勝ることは当然で、人間の力は他の類人猿を圧倒した。そして人類の集団は次第に大きくなり、その結果、生物学的能力だけでなく技術の伝承も上手くいくようになったのだ。
メンタライジングの力を活かすためには、見知らぬ他人よりも、近くの親族を優先するほうが効果的であるし、常に感情を共有出来る方が良い。従って、すべての人類の集落は、氏族社会中心(血縁関係中心)で形成された。血統的に近い人達で集団は構成されることになる。氏族が大きくなり、部族社会(※1)になっても、この原則は続く。人類が暮らす社会では、世界中が血縁関係をもとにした社会となっていった。このような氏族社会、つまり、非WEIRD社会では、集団主義、身内の利害を優先する、集団への同調が強く、感情を重視する。
では、なぜ現代のようなWEIRDが幅を利かせるような社会に変化したのだろうか。ヘンリックによれば、歴史をよく調べるとWEIRD的な価値観が世界に広まったのは、わずかこの500年程度の期間に過ぎないことがわかる。この時期は、西欧諸国が大航海時代として世界に乗り出し、商人を中心とした都市が発達し、ついには産業革命が起こった時代である。この文明の基礎として、氏族中心文化からWEIRD的個人中心で、普遍的価値観の体現としての法を重視し、理性を中心に据え、集団への同調傾向が少ない考え方が出来上がった。その基礎となるのは、キリスト教であり、中でもローマ・カトリックが西欧中心に広まっていったこと、そしてその後の宗教改革が大きな影響を与えている。WEIRDが世界に広まったのは、19世紀を中心とした西欧の、新大陸、アジア、アフリカに対する植民地支配も大きく貢献したことは事実である。しかし、21世紀の現代にも、WEIRD的価値観は、世界を覆っているようだ。
多くの国でも同様であるが、ホモ・サピエンスが繁栄を築いたメンタライジングの能力に沿った、お互いのコミュニケーションをもとにした氏族社会の原始感情は未だに、西欧でも、その他世界中でも、人々の原始的感情として残っている。理性的には個人中心の権利を重視して、男女平等、多様性を認めている。しかし、問題が発生すると直ちに非WEIRD的原始感情が現れ、多様性を否認し、民族主義的氏族社会の表情が出現する。現代社会も、WEIRD的な社会システムを表面的に被りながら、非WEIRD的深層を持っているのである。
日本の場合も同様であり、分断はより根深い。一般的に認められている価値基準は、個人尊重、人権重視、男女平等、多様性を認めることなど、WEIRD的法体系で成り立っているが、それでも非WEIRD的、原始的な氏族社会的人類感情は人々の心のなかに根付いている。そのために、建前はWEIRD的な法を作るが、生活感情は氏族的感情、つまり人間関係を重視、身内を大切にする、集団への同調力が強く、感情が優位にあることなどを示している。これが本音となる。本音と建前が混ざり合わず、そのまま使われていることが日本の特徴だ。
※1 部族社会:氏族(血縁)が連合して、言語や習慣を共有している社会。氏族社会の構成数は150人前後。部族はこれらが集合した数となる。
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