産み落としを防ぐ ~妊娠SOS相談窓口と一時宿泊施設~

『0日死亡は虐待』

人に言いにくい妊娠をして、中絶可能な時期を過ぎた時、どう対処しようとするでしょうか。最悪の結果は、産まれてきた子どもの存在をなかったことにしてしまう事態です。日本の虐待死亡事例において犠牲になる子どもの年齢として最も多いとされるのが0歳児です。これは、「こども虐待による死亡事例等の検証結果等について」で報告されています。

2023年9月に発表されたこども家庭庁の専門委員会の報告書では、2021年度に虐待で死亡した18歳未満の子どもは全国で74人に上ります。虐待で死亡した74人のうち心中を除いた50人のうち、子どもの死亡時の年齢は0歳の24人が最多で半数近くを占めました。0歳のうち0か月は6人で0歳の25%を占め、誰にも知られずに出産した母親が自宅で出産した子どもを袋に入れて放置するなど、出産直後に死なせる事例が目立ちました。

こども家庭審議会児童虐待防止対策部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会【令和5年9月】より筆者作成

岡山県内における近年のニュースでも生まれたばかりの赤ちゃんが殺められ遺棄される事件が次々と起こっています。

① 2024年4月、岡山県の女子大学生(20代)が、出産した赤ちゃんを放置し死亡させた容疑で逮捕されました。警察の調べに対し、女子大学生は「赤ちゃんを育てる能力はないと思った」と容疑を認めています。また、「彼氏にも家族にも誰にも相談できず悩んでいた」と話していたそうです。

② 2023年11月、岡山県警は、自宅で出産したばかりの女児を殺害したとして、殺人の疑いで30代の女性を逮捕しました。県警によると女性は容疑を認め、「1人で育てる自信がなかった」と供述しています。

③2020年10月、岡山市の公園近くの用水路に生後間もない赤ちゃんが浮いているのが見つかりましたが、搬送先の病院で死亡が確認されました。岡山県警は、殺人の疑いでアルバイト店員の30代の母親を逮捕しました。妊娠については内縁の夫にも知らせていなかったということです。

小さな命が失われる最悪の事態はなぜ起きるのでしょうか。

他県の保護責任者遺棄致死などの罪で有罪判決を受けた20代の学生は裁判の中で、「母親を悲しませたり心配させたりしたくなかった。誰かに相談して周りから自分が孤立するのが嫌だった」と話しました。前述の女性たちも「1人で育てる自信がなかった」「赤ちゃんを育てる能力はないと思った」「彼氏にも家族にも相談できなかった」「内縁の夫にも知らせていなかった」と言っています。予期せぬ妊娠に周囲から孤立して追い込まれている女性たちの姿が浮かんできます。

おかやま妊娠SOSしぇると

岡山県の性と健康の相談センター(おかやま妊娠出産サポートセンター)の相談員仲間が一丸となり、2022年2月にNPO法人妊娠しぇるとSOSを立ち上げました。そして、同年6月に、思いがけない妊娠で困っていたり育てることができるか悩んでいたりしている方の相談窓口「おかやま妊娠SOSしぇると」を開設しました。また、2023年4月から妊娠して居場所がなくなった方の緊急一時的な宿泊場所を開所しています。

相談は毎日14時~20時の6時間、メールと電話で受け付け、助産師・保健師・社会福祉士・精神保健福祉士・公認心理師など、経験豊かな多職種の専門の相談員が対応します。最初は匿名やニックネームで相談可能ですが、医療機関や行政につなぐ必要があると判断した場合は、同意を得たうえで個人情報を収集し、連携機関に伝えます。

相談事例をご紹介します。

① 13時に性行為をしたが避妊具が外れた。今日が排卵日で妊娠は希望していない。どうすればよいか。(40代)

② 生理予定の日から4日経った今でもまだ生理が来てなくて、とても不安です。胸の張りやお腹の痛みがあって、妊娠しているのではないかと心配でたまりません。(10代)

③ 先日、妊娠検査薬を買って自分で検査してみたら陰性だったけど生理が来ない。妊娠検査薬をもう一度買うお金がない。(10代)

④  付き合い始めて間もない彼との間で妊娠した。妊娠したことを告げると堕ろしてほしいと言われた後、連絡が取れなくなった。中絶するお金がない。(20代)

⑤ もう長いこと生理が来ていない。お腹が大きくなって赤ちゃんが動いているのがわかる。パートナーは行方不明で、病院は受診したことがない。今は友達の家を転々としている。これからどうしたらいいか分からない。(20代)

自分で妊娠検査薬が買えない時や、怖くて検査ができない時は、近くなら検査薬を持って行き一緒に検査をします。妊娠反応が陽性になったけどお金がなくて病院に行けない時は、低額で受診できる方法や手続きについてお伝えします。一人で病院に行くことができなかったり役所での手続きができなかったりする時は、近隣であれば相談員が一緒に付き添って行くこともできます。妊娠が確定し、今回の妊娠を継続するかどうか悩んでいる場合、状況を聞き取りながら一緒に考えます。出産するしかない時期に入って、彼と連絡が取れなくなったり、親御さんとの折り合いが悪くなったりして、お金や住むところに困った時は、行政につなぎながら、一時的に宿泊できるお部屋を利用していただくこともあります。宿泊中に今後の生活について検討し、退所後の最適な方向性を話し合います。赤ちゃんを育てられない場合、特別養子縁組についての相談も受け付けています。

2022年度、相談窓口のみで相談を受けていた時は「避妊に失敗した」「月経が遅れている…」といった“妊娠したかも”と「妊娠不安」を訴える相談が46%と最多でした。2023年度に居場所を開設すると、「妊娠不安」は最多ながら23%になり、「産みたい・産むしかない」「妊娠継続の判断に迷う」が20~18%と、妊娠不安に並ぶようになりました。
相談してくる当事者の年代は、10代が53%、20代が32%で、10代と20代で85%を占めます。

予期しない妊娠をしてしまった場合、自分では妊娠していることにうすうす気づいていても、周りは気づかないことがあります。普通は、妊娠が分かったら病院へ行き、役所に妊娠を届け出ますが、病院へ行けないまま妊娠が進んでしまうと、怒られたり嫌味を言われたりするかと思い、一層病院に行けなくなってしまいます。また、働く意欲はあっても妊娠してお腹が大きくなると貧血や腰痛があったりお腹が張ったりして働きに出ることが難しくなり経済的に困窮します。

友だちの家を転々としたりネットカフェで寝泊まりしたりするしかなく「今いるところでは安心して過ごすことができない」「居場所がない」と思っていても、見ず知らずの新しい環境に移るにはパワーが必要です。自己決定の力を奪われている場合は、今いるところから出てくるまでに長い年月がかかります。

ただ、勇気を出して相談してくださった方や入所された方からは「健診も受けてなくて、怒られるかと思ったけど、みんな優しかった」「それまで親の機嫌に振り回され不安定だった気持ちがなくなり、心の底から安心しました。出産の準備に気持ちを集中させ、お腹の赤ちゃんとこれからの自分の事を考えることができるようになりました」「思い描いていたアパートで赤ちゃんとの生活をこれから頑張ろうと思えます」という言葉が聞かれました。

「誰にも言えない」「親に知られたらどうしよう」「流産してしまえばいいのに」「いっそのこと死んでしまいたい」など、思いもよらない妊娠で途方に暮れることがあるかもしれません。予期しない妊娠は、誰にでも起こりうることで、決して特別な事ではありません。私たちは、今起きている妊娠という事柄に向き合い、考えることができるように、孤立させず、寄り添い、伴走支援を行います。悲しい事件になる前に、深く傷つく前に、ご相談していただきたい、と強く思いながら相談を受けています。

NPO法人妊娠しぇるとSOS 理事長小林 智子
助産師・保健師・看護師。
平成17年(2005 )5月から27年(2015)10月まで、岡山市南区で出産を扱わない助産院を10年間開業。
平成26年(2014)10月から、おかやま妊娠出産サポートセンター相談員として従事。
平成27年(2015)11月に出産可能な助産院として移転開業し、現在、岡山市内で唯一の出産を扱う助産院となっている。
令和4年2月にNPO法人妊娠しぇるとSOSを立ち上げ、理事・相談員として妊娠葛藤相談に対応している。
助産師・保健師・看護師。
平成17年(2005 )5月から27年(2015)10月まで、岡山市南区で出産を扱わない助産院を10年間開業。
平成26年(2014)10月から、おかやま妊娠出産サポートセンター相談員として従事。
平成27年(2015)11月に出産可能な助産院として移転開業し、現在、岡山市内で唯一の出産を扱う助産院となっている。
令和4年2月にNPO法人妊娠しぇるとSOSを立ち上げ、理事・相談員として妊娠葛藤相談に対応している。
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