功利主義では、無条件で人々が社会に対して貢献すべき時でも、それを行うと得になる仕組みを作ろうとする。倫理的な呼びかけや促しは信じない。環境問題等での社会規制においても、行動を促すためには、利益を生み、損をしないように仕組みを作ることが必要とされる(排出権取引など)。しかし、功利主義は確かに有用だが、すべてのことを功利的に考えると問題が生じる。例えば、マイナンバーカードを普及させたい時に、カードを作ると最大20,000円のポイントが貰えることのみを強調することなどである。マイナンバーカードの目的は、税や社会保障を中心に、社会的公平・公正を図るものであるにも関わらず、政府はこれらの点よりも、得になることを強調する。結果的にマイナンバーカードの目的や意義は重要視されず、忘れられている。あたかも政府は国民の倫理観を信用していないかのごとくである。
政府が無原則に、大衆に対して媚びを売ることを「ポピュリズム」と言う。ポピュリズムは、表面的には大衆のためと称しても、民主主義を逆手に取り、指導者が自分たちの利益のために動くことを指している。政権維持のために行う大衆迎合的な政策(現在日本で頻発している)も同様だ。ポピュリズムは、功利主義がはびこる無原則の社会に対して、利益誘導的な政策を行うことによって成立する。ポピュリズムに陥らないようにするためには、社会の原理、価値、あるいは目的が何かを明確にする必要があるだろう。
社会には、時代に応じた倫理観がある。江戸時代、各藩の武士は「家」を守る事を倫理観の中核としていた。そのために行動することは、功利的利害関係を越えて、普遍的倫理観に沿ってのことだった。明治になると、世の中は合理主義的社会に変化したが、江戸時代と同様の倫理観も残っていた。太平洋戦争後には、欧米の個人主義的倫理観が導入され、「家」中心の倫理観に代わって、個人の尊厳、個人の自由、個人の自立などが守るべき規範として掲げられるようになった。法体系も個人の尊厳や個人の自由が基礎となっている。しかし、個人主義的価値観と、日本の伝統的な「家」を中心とする慣習は大きく異なり、相反する部分も多かった為に、建前では個人の尊重、本音では昔からの慣習が幅を利かせ、多くの場面で「建前と本音」の分離が起こっている。その結果、重要な倫理観はどのようなものかが見えなくなり、個人主体の倫理観と「家」中心の倫理観が交わらず、倫理教育を行うことが出来ない状態だ。ここに功利主義的手法をもった、ポピュリズムが入り込む余地が生まれるのである。ポピュリズムは、倫理観のない世界にのみ浸透するのだ。
多くの人が同意している倫理観は、「普遍的価値」と呼ばれる。個人の尊厳と自由を第一とする倫理観も、家を中心として集団的秩序を尊ぶ倫理観も、それぞれ人によって異なる価値があるものだ。しかし、日本では交わらない二つの倫理観が融合せず、議論を避け、それぞれ主張を繰り広げているようだ。結果的に、現在の日本は「普遍的価値」がどのようになるかとの論議を脇において、「功利的原則」に従って政治が行われている場合が多い。この様な社会には、「ポピュリズム」が政治の道具とし登場してくるのだ。
「普遍的価値」は、文化と関係する。誰かが作るものでもなく、急に出来るものでもない。一定の年月を経て、試行錯誤しながら出来上がるものだ。日本全体あるいは大部分が「これで行こう」と言えるような「普遍的価値」を作るように地道に努力しなければならない。その価値観が西欧から来た個人の自由をもとにしたもの、あるいは、日本に古くからある家系や伝統をもとにしたものであれ、すべての日本人が概ね了承できるものが必要であるし、作るために努力することが大切だ。その為には、多くの人が参加する開かれた議論が必要だ。個人を第一に考える価値観と、家を尊重する価値観は、両立することが難しい場面も多い。しかし、議論をしなければ、功利的誘導が幅を利かすことになり、ポピュリズムの危険が大きくなるのである。
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